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はじめの挨拶に代えて

はじめの挨拶に代えて

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             はじめの挨拶に代えて



 横川駅のホームに降り立った時、少し気が楽になったように感じた。

 事務所でも新入りである私には、客人の出迎えといえども疎かにはできないことだ。
新幹線でやって来る客人を広島駅で待ち合わせて横側まで案内する。たったそれだけの
仕事だ。最初はそう思っていた。だが、そんな思いは打ち砕かれる事になる。

 広島駅のホームで初めて彼女と出会った時の印象は、多分一生忘れないだろう。
 客人は女性だと聞いていた。それに大柄な女性だとも。
客人は確かに女性で大柄だと言える。しかし『大柄』という表現は適切だろうか。
私は身長が175cmほどある。そして彼女は私より背が高い。180cmを超えているのではないか? 『大柄』とは少しおとなしすぎる表現だ。

「あなたが永世さんですか?」」と彼女が尋ねた時、私は多少うろたえてしまった。
 ブラウンのジャケットに赤いネクタイ、裾の長いフレアスカートを身に着けブーツを履いた彼女は、側には大きなスーツケースを従え、威風堂々と仁王立ちしていた。その姿はまわりに圧倒的な威厳を放っているように感じられた。『豪快』と言う言葉が一番適切だろう。荒々しく線の太い印象を受けた。

「はい、そうです。私が永世です」
 何とかその言葉を絞り出すように言った。彼女は気にする素振りを見せなかった。
「私が仏円晶だ。わざわざ出迎えてくれてありがとう」
 彼女は風采に相応しく力強い口調で話しかけてきた。しかし、その態度は折り目正しく、人を不快にさせる所はなかった。

 それは私を立ち直させるのに充分だった。ホームを行き交う人々がもたらす喧噪も実感できるようになった。それに気づいた時、私は彼女に飲み込まれていたのを知った。
 彼女の名は『仏円晶』、姓は『ぶつえん』、名は『あきら』と読む。変わった名前だ。そして私は名刺を渡し、彼女を横川にある事務所へと案内していった。

 彼女は実に目立つ人物だ。横川行きの電車に乗るために移動している間も、立ち止まってこちらを見る人がいるくらいだ。べつに奇抜な格好をしている訳ではない。奇矯な発言をしているのでもない。彼女の存在自体が人の目を引きつけるのだ。
 一見無造作に見えるが手入れをしているだろう黒い波打った長髪も獅子のたてがみを思わせる。
 顔もそうだ。確かにきれいに整った顔立ちだ。かなりの美人だと言っていい。だがその顔に浮かぶ表情は紛れもなく不敵なものだ。
 背は高く体格は頑強さを感じるが、スタイルは結構良い方だ。
 そしてあまりにも堂々とした態度には圧倒的な存在感があった。誰もが彼女に目をとめるのは無理のない事だろう。

 とにかく、広島駅から横川駅へと乗り換え事務所のある横川まで帰ってきたのだ。
 これでようやく、人心地が付いた。私はそう思った。
「もう少しで事務所に着きますよ。仏円さん」と私は言った。
「そうか。でももう正午だよ。」と彼女は返した。
 昼食の事か。いや、そうならそうと直に言うだろう。遠回しな言い方はしないだろうから。そういえば朝はろくなものを食べてない。この近くのどこかいい店に行こうか。それとも早く事務所に戻って出前でもとろうか。
 そんなことを考えながら改札を通った後、私は重大な間違いをしでかしてしまった事に気がついた。南口から駅を出なくてはいけないのに、北口から出てしまったのだ。
「しまった!こっちじゃなかった!」
 私はくだらない間違いをしてしまった事に、少しの間唖然然としていた。しかしすぐに気を取り戻してやるべき事は何か考えた。北口から南口に行くには駅構内を通ら無くてはいけない。それはもう一度改札を通ると言うことだ。駅員に事情を話してみるか、それとも入場券を買って入るか。
「南口から出るはずだったのか?」
 彼女が話しかけてきた。
 私は「ええ、そうです。」と困惑しながら言った。
「あっちから南口に行けるんじゃないかな?」
 彼女は東の方を指さしながら言った。
「ちょっと歩くくらい良いじゃないか。」と辺りを見回しながら言い。
「この辺りに来るのは久しぶりだし街の様子を見てみたいんだ。」と付け加えた。
 私はお腹がすいているのだ。そして何だか疲れている。だが一応客人である彼女に逆らっても仕方がない。彼女の言う通りにした方が余計な問題を起こさないだろう。
「そうですね。歩いて行きましょう。」と力なく言った。

 高架線に沿って歩いて行くとガード下には色々な店が並んでいるが目に入る。シャッターを閉めている店もあり、どことなく侘びしい感じを受けた。少し暗くなってきたからか? 空には入道雲が立ち上がり、次第に曇り始めているのだ。彼女は懐かしそうに店並みを眺めていた。少し進むとガード下をくぐり抜ける道に出た。それからその道を通り高架線の反対側に出る。確か駅前に旨い店がある。そこで昼食をとろう。そう考えた私は商店街を通って駅前に行こうとした。

 その小さな商店街は横道にアーケードを被せたような所だった。かなり年代を感じさせるが、それでも人通りはあり、活気に満ちていた。商店街の入り口まで来た時、一人の男が携帯を手に持ち大声で話をしているのに気づいた。グレーのチェックのシャツにチャコールのスラックス。会社員のように見えるがネクタイはしていない。彼に目を引かれたのはそれだけではない。小脇に和傘を抱えていたからだ。そんな物を持ち歩くのはどことなく不自然さを感じたが、男の会話の内容が耳に入ってくるとそんな感じも押しやられてしまった。
「いや、そうじゃない。今から爺さんの別荘に行かなきゃならなくなったんだよ。傘を持っていくんだ。そこに置いとけとさ。いきなり渡されたんだ。なぜか?理由なんか知らないよ。家紋がある方だ。特注の一本しかないやつ。ああ無いやつもあと一つしかないけどな。いつも持っているやつだ。今から散歩するってさ。どこ?公園だよ。これから行っても帰るのは四時くらいだな。そっちは頼むよ。それじゃ」それだけ言うと携帯をシャツのポケットに入れた。それから今まで私たちがやって来た方へと歩いて行った。私はなぜかその男から目を離せなくなっていた。男は商店街を出ると空を見上げながら「雨が降るか。間に合えばいいが」と呟いた。

 その後に起こった事に私は付いて行けなかった。何かが轟とうなりを上げて私の横を通り過ぎていった。そしてそれは男に向かって襲いかかっていったのだ。男ははじき飛ばされ地面に倒れ込んだ。男は痛みに悶えていたが何とか起き上がろうとしていた。
 私はそこで気を取り戻した。男に襲いかかったのは彼女だった。その手には和傘を掴んでいた。
「何してるんですか!」
 私がそう言ったのと同時に、彼女は奪い取った戦利品の和傘を開いて見せた。
 傘は白と黒の模様が入っていた。20センチ角の黒い四角形がいくつか書いてある。そして何かの像が……チェスの駒か? あれはナイトだ。それなら四角形はチェス盤を表しているのか。和傘にしては変わった模様だ。そこで男の事を忘れているのに気づいた。男がいた所を見ると顔をしかめて立ち上がっていた。そして悔しそうな顔を見せた後、痛みをこらえるように肩を押さえながら素早く立ち去った。

 私は彼女にここから逃げるよう手招きした。彼女は大きなスーツケースを軽々と持ち上げ、私に付いてきた。
 商店街にいる人達は呆然としてそれを見ていた。それが幸いしたのだろう。私たちもこの場から逃げ出す時に何の障害はなかったのだ。 誰かがすぐに警察へ連絡したなら、かなりやっかいな事になっていただろう。交番はすぐ近くにある。すぐに警官が来たはずだ。

 とりあえず身を隠すために事務所に直行した。走ってけば当然目立つだろう。ただでさえ目立っている人物がいるのだ。急がず慌てず、歩いて行くしかない。追っ手が来ないか何度も後ろを振り向きながら、何とか事務所に辿り着く事に成功した。小さな事務所だが身を隠せるなら何も問題ない。
 商店街ではどんな騒ぎが起こっているのかわからない。確かめに行くのは危険だろう。このやっかいごとをどう収めるべきか、良い考えが浮かばない。彼女を見るとその手にはまだ傘があった。
 
 悩んでも事態は好転しない。取り合えず昼食だ。出前を取ろう。そう思い立った私は店に電話をして昼食が届くのを待った。すぐに昼食は届けられた。私と彼女の二人分だ。
 出前を頼んだ時、彼女の要望を聞かなかった。彼女に対するささやかな抗議だ。だが彼女は何も不平は漏らさなかった。そして静かに食べ終えた。

 「何であんな事をしたんですか!」
 私は強く説明を求めた。彼女のやった事は冗談では済ませない。
 私たちは応接室で向かい合ってソファーに座っている。事務所が入っているのは、古いビルの一角だ。応接室も清潔にしているが、どこか古びている。
 間にあるテーブルの上には和傘が置かれていた。私は商店街での出来事をうやむやにするつもりはなかった。
 彼女は強引だが不作法な事はしないと思っていた。だがあれは強盗だ。ただの和傘とはいえ犯罪である事に変わりはない。なぜそんな真似をしたのか。その説明を聞き出そうと彼女に詰め寄った。彼女は悪びれた風もなく相変わらずに不敵な表情を浮かべていた。何も悪い事をしたと思ってないのか。私には人を見る目がなかったのか。そこまで考えが及び、落胆した時、彼女は言った。
「私も悪い事をしたとは思っているよ。だけど傘を確認する必要があったんだ」
「傘を確認する?」と私は言った。
 テーブルの上の傘をよく見てみた。少し変色しており、所々かすったような傷がある。
故意につけたと言うより、実際に使い込まれていたと思われる。 
 彼女は奪い取った和傘を手に取り開いて見せた。ナイトの駒とチェス盤を表した模様が見える。彼女は傘をひっくり返し内側を見せた。傘の和紙が貼られている所、骨の一つに何か小さなライターほどの大きさの黒い物が取り付けられていた。それが何であるかすぐに気づいた。
「盗聴器ですか」
 私の言葉に彼女はうなずいた。
「これを確認するために奪い取ったのですか?」と彼女に尋ねた。
「いや、確認したかったのはこれではないよ。別の物だ」
 そう言うと傘から盗聴器を取り外した。両面テープで貼り付けていたのだ。
 私は更に尋ねた。
「それではなぜ傘を取り上げたのですか?」
彼女は少しの間天井を見上げ、何かを吟味するかのように黙っていた。そして、真剣な顔を見せ私を見つめてきた。
「それでは私がなぜ傘を取り上げたのか、その釈明をしよう。君にはどう聞こえるか解らないが」
 彼女はそう言って身を動かしソファーに座り直した。そして彼女の釈明が始まった。

「商店街での男の振る舞いを考えてみよう。いくら何でも携帯での会話をまわりに聞こえるほど大きな声でしゃべるかね。実際会話の内容はよく聞こえていたよ。おかしな事はあの傘にもある。確か傘を別荘に持っていくと言っていたね。特注品の一本しかない傘だ。あれは和傘だから傷つきやすい。大抵、大事な和傘をむき出しで持ち運ばないだろうね。つまり、男の行動はすべてまわりに見せつける芝居だと言える。」

 私はこの意見に賛同すべきかどうか迷った。そう言えるかも知れないがただの憶測でしかない。それに男が芝居をした事と、傘を奪い取るのと何の関係があるんだ? 私が反論する前に彼女は更に『釈明』を続けていった。

「あれが芝居である理由に商店街を選んだと言う事実を挙げよう。携帯で話す場所は何処でも良かっただろう。ではなぜ商店街を選んだか。芝居を見る人がいなければ、意味がないだろう。多くても駄目だ。大勢の人並みに押し流されて消えていくだけだろう。あの商店街が芝居に丁度良かったんだよ。」

「芝居をする事に何か理由があるんですか?」と私は言った。
 更に続けて「それにあなたがやった強盗に関係があるんですか?」と問い詰めた。
 彼女は相変わらずの不敵な笑みで私を見つめていた。
 そして『釈明』を続けていった。

「男は別荘まで行って帰るのに四時までかかると言っていた。だが商店街を出る時「雨が降りそうだ。間に合うか」と言った。これはおかしくないか? 別荘に行く時間を考えれば、間に合うかどうか関係ない。いや、絶対に間に合わない。それに男は電車もバスも乗るつもりはなかった。私たちが来た方向――駅の反対側へ歩いて行ったからだ。男は雨が降るまでに歩いていける所、ここからすぐ近くに行く予定だったんじゃないかな。もしそうなら、わざわざ商店街で別荘まで行くと話し、帰るのは四時だと聞かせたのはなぜだろう?」

 そこまで言うと彼女は再び私を見つめた。私が何を言うか待っているのだ。
「それは何か仄めかしているのですか?」
 私も彼女を見つめながら言った。
「あなたが何を言おうとしているか、見当が付きます。」
 その言葉に彼女は満足そうに頷いた。
「あの男は四時まで遠くに行くと言った。しかし目的地はこの近くだった。つまり、あの男はこの近くで何かをするためにアリバイ工作をしたと仰りたいのですね」
 この憶測は危うい。根拠と言えるのは状況と男の呟いた言葉だけだ。しかも仮説に仮説を積み上げたに過ぎない。だが彼女は先へと続けた。

「そうアリバイ工作だよ。それが男のやった事だ。それを踏まえて先へ行こう。男はアリバイ工作までして何をしたかったのか。他愛のない事なら商店街にいる人まで巻き込んだ大袈裟な事はしないだろう。あれは後に何らかの捜査が行われるのを想定している。そこまでしてアリバイを作らなければいけないのは、男がやろうとしているのは何かきな臭い事ではないのか。つまり、何かの犯罪ではないかと推察できるのではないかね。更に続けよう。どんな犯罪が行われるのか推察できるか。犯罪の条件は、アリバイから考えると正午から四時まで、男の言葉からここから近い場所、そして雨が降るまでに事は終わっていなくてはいけない。つまり屋外での犯罪だ。この条件に一致する犯罪は何か。空き巣、強盗、ひったくり、詐欺、誘拐、脅迫、横領、盗難、暴行、これらに大掛かりなアリバイが必要だろうか? 起こるのは重大な犯罪だ。一番可能性が高いのは殺人ではないかな。」

 ここまで来ると黙って聞いているのも限界だろう。いくら何でも強引すぎる。
「待ってください!」
 私は声を荒げた。強盗の釈明どころか、誰とも知らない男に殺人の疑惑をかけているのだ。しかも話を聞く限り、まだ起こってもいない殺人のだ。
「さっきも言いましたが、この話はあなたがやった強盗の釈明ではないのですか? それが何で殺人まで出てくるんですか?」
 彼女は何が言いたいのか。釈明をする気があるのか。ただ人を煙に巻いているだけか。
 私の苛立ちに気づいたのか、彼女は静止を促すように手のひらを前に突き出した。
「待ってくれ。釈明はまだ終わっていないんだ」
 慌てる様子も見せず、変わらぬ調子で言った。

「傘について話を進めよう。男の話では傘は二本ある。一本は家紋入りの特注の傘。もう一本は家紋の無い何時も使っている傘。外見の特徴は家紋の有無しかない。男は家紋入りの傘を別荘に持っていくよう命じられた。アリバイが成立するには四時までに別荘に家紋入りの傘が無くてはいけない。ならば傘を取り上げればアリバイ工作は失敗するはずだ。
それが傘を取り上げた理由の一つだよ」
「理由の一つ?」私は聞き返した。
「そうだよ。私が確認したかったのは『家紋が入っているかどうか』だよ。あの傘には家紋が入ってなかった。何時も使っている傘だよ。男の言ってた『爺さん』の傘だ。」

 それが強盗の理由か。つまり殺人を止めるために傘を奪い取った訳だ。
「事件を止めたければあの男を追いかけて事件の現場を押さえればいいでしょう?」
 私は半ばやけくそ気味に言った。これを言うために長々と意味のない釈明に付き合わされたのか。
「簡単な手段を取っただけだよ。大抵の問題はぶん殴れば解決するんだ」
 彼女の言葉に、私はかなりやっかいな人間に付き合わされている事を実感した。下手をすると私にまで災厄が降りかかってくるのではないか。いや、実際やっかいな事に巻き込まれている。商店街での事だ。私は何もやっていないが、一緒に逃げ出したのは多くの人に見られている。彼女はかなり目立つ人物だ。目撃している人も多いだろう。いつ私のもとに警官がやってきてもおかしくない。彼女は動揺する私の事などお構いなしに『釈明』を続けていった。

「事件が起こったとして、まずは結果から考えよう。『家紋入りの傘』は別荘にある。これがないとアリバイは成立しない。そしてアリバイを用意する以上、男が容疑者として扱われるのは確実だ。事件の後で別荘まで持っていくのは無理だろう。既に警察の監視下にあるはずだ。かなり行動は限定される。どんな方法でアリバイを作るのか? それは今は関係ない。『家紋入りの傘』は四時までに別荘に存在していなければならない。そして『家紋のない傘』は男が持っていた。これが意味する所は、傘は二本とも所有者である『爺さん』の元から持ち出されたという事だ。『爺さん』は公園へ散歩に行くと言っていた。この空模様なら傘を持って出かけただろう。ならば傘が二本とも無い事がばれないはずはない。そもそも男は『爺さん』から直接傘を受け取っている。間違いが起きる可能性は低い。これから推察すると『爺さん』も犯罪の計画に関わっていると見るのが妥当だ。」

 もう私には反論する気力はなかった。また名も知れない人を犯罪に結びつけていった。
 いったい何がしたいのか。そんな思いをよそに『釈明』は続く。

「犯行はいつ行われるのか? それはアリバイのある時間帯だ。十二時から四時。その間に行われるはずだ。アリバイを確実にするためには殺害時刻が正確に判明した方がよい。その為にはすぐに死体が発見される必要がある。ならば殺害現場には人が多い方が都合が良い。しかし人目がある所で殺人が犯せるか? 逃げる場所は? アリバイを用意したのに捕まる訳にはいかないだろう。それから男が呟いた『雨が降るか。間に合えばいいが』と言う言葉から、『雨が降る前に終わらせる』必要がある事が推測できる。それは屋外だという事だ。これから、人が多い、隠れる所や逃走経路が確保できる、屋外だ、といった条件に一致する場所で事件が起こる可能性が高い。この近くでその条件に合うのは中央公園だ。」

 これ以上何がしたいのか分からない。私は既に疲れ果てていた。ただ彼女の方を向いてるだけだ。私は彼女が何かを取り出してこちらに突き出しているのを見た。気力を振り絞ってそれを見る。盗聴器だ。傘に取り付けてあった盗聴器を私が良く見えるように掲げていたのだ。
「これについてどう思う?」
 彼女は助言を求めるような調子で聞いてきた。
「どうと言われても……何で傘に盗聴器を仕掛けるのか……とか」
 曖昧な返答でごまかそうとしたが、彼女はそれを許さなかった。
「これを仕掛けた意図だよ」
 そう言って更に盗聴器を押しつけてきた。
「意図って……盗聴器なんだから盗聴するためでしょう? それ以外に何か使い道があるんですか?」
 そこまで言って私は彼女の言わんとしている事が分かった。普通、傘に盗聴器を取り付ける事は無い。それに開けばすぐに分かる所だ。おまけにこの傘は常用されている。ならばこの盗聴器はあの男の行動や発言を監視するために取り付けられたのだ。そしてそれができるのは男に傘を直接渡した傘の持ち主、『爺さん』だ。彼女が言ったのは『爺さん』の意図は何か、と言う事か。
「ええと……つまり、なぜ『爺さん』が、あの男の行動を監視する必要があったかと言う事ですか?」
 この解答に満足したらしく、彼女は腕を組んで大きく頷いた。
「そういう事だよ。」それから続けて「盗聴器の電波が届く範囲は100mから200mだ。障害物の多い所なら変わってくるだろう。だがこれだけははっきりと言える。盗聴していた人物――『爺さん』は男を見る事のできる所からずっと監視していたんだよ。計画通り行動しているか観察していたんだ。」
 そこまで言って私を見た。彼女はどことなく機嫌を損ねている。そう思えた。
「傘にチェス盤をあしらっていたが、あれが『爺さん』の本性なんだろう。すべてをゲームと捉えているのか。監視してすべてを把握しようとしているのか」
 言い終わると彼女は黙り込んだ。さっきまで多くの仮説を振り回していたのに何も喋らなくなったのだ。これには私も困惑した。いきなり黙られても場が持たなくなる。と言ってもまた、あのお喋りを始められるのも困る。どうしたらいいか考えている内に、時間切れとなった。

「これから先を聞く気はあるか?」
 彼女は低い声で言った。何かを試そうとしているかのようだ。私は彼女の意図を計りかねている。『これから先』とは何なのか分からない。しいて言えばさっきの空論の続きか。少し考えて覚悟を決めた。黙り込まれるのもごめんだ。さっき感じた彼女の不機嫌さも気になった。おそらく、この件に関係あるのだろう。それを知りたかった。
「聞きましょう。」
 と一言、力強く言った。
 それを聞いた彼女は大きく頷くと、まるで私以外の人が聞いているかの様に大きな声で語り始めた。

「まず事件が実際に起こったとしてみよう。殺人が行われる。そしてすぐに死体が発見される。これは短時間の間に起きるはずだ。殺害時刻が正確に判明する必要がある。被害者の身元が割り出され確認される。それから捜査が行われる。人間関係徹底的にが調べられ、その後容疑者が絞り込まれて犯人が確定する。そういった流れになるはずだ」
 彼女は一拍おいた。。
「だが私たちはアリバイ工作の存在を知っている。十二時から四時までのアリバイがある人物を知っている。アリバイが必要なのは容疑者として疑わしい人物だからだ。もちろん警察もアリバイを疑うだろう。共犯者がいたとしても調べればわかることだ。アリバイ自体を崩すのはたやすい事だ。もう一度言おう。事件が実際に起きたとしたら。あの男のアリバイは十二時から四時までの間にある。アリバイを支えているのは商店街での会話と、抱えていた和傘だ。会話では突然別荘に傘を届けに行くように『爺さん』から命じられた事になっている。そして『爺さん』から直接傘を渡されたとも言っている。これは妙な事だと思わないかね? アリバイの根底に『爺さん』がいる。『爺さん』に疑いが掛かればアリバイは崩壊する。なのにアリバイ工作をしたんだ。これは『爺さん』が容疑の対象外にいるという事ではないかね。はっきり言えば『爺さん』は絶対に容疑者になり得ない人物なのだよ。」

 彼女は立ち上がって語りかけてきた。彼女の背は高い。どこか大きな岩石を思わせる雰囲気をその身にまとっている。それが今まで思っていた以上に私を圧倒した。私はソファーに座ったまま身じろぎ一つできなかった。
「絶対に容疑者になり得ない人物?」
 何とかそれだけ口にできた。
「そう、『爺さん』の行動は崩せない」
 彼女は確信があるように、そう言った

「アリバイは家紋入りの和傘が四時までに別荘に届けられるかどうかに掛かっている。そうである以上、家紋入りの和傘は別荘にあるはずだ。しかしあの男が持っていたのは家紋のない和傘だった。二本しかない和傘は両方とも持ち出されている。あの男は家紋のない和傘を持っていたのは、既に家紋入りの和傘が別荘に持ち込まれているからだ。男は家紋のない傘をどうするつもりだったのか? 男は傘を処分する訳にはいかなかった。後で『爺さん』に返さなくてはならないからだ。アリバイが成立するもう一つの条件がある。それは『爺さん』が家紋のない和傘を持っている事だ。そうでなければアリバイは根底から崩れる。二本の和傘が、一本は別荘に、一本は『爺さん』の元にある事が重要なのだ。」

 私は覚悟を決めていた。こうなったら最後まで付き合うまでだ。彼女の言っている事は空論に過ぎない。だが、この話はどこに着地するのか? それに興味がわいてきた。
「『爺さん』がもう一本の傘を持っている事がそんなに重要なのですか?」
 私は彼女の『釈明』に割り込んだ。
彼女は気を害した風でもなく私の質問に答えていった。
「そうだよ。そうでないと事件が起こった時刻と同じ時に、アリバイを成立させる為に必要な傘の片割れが無くなってしまうのは不自然だからね。疑惑を招くような事は控えるだろう。」
「疑惑ですか? アリバイ工作が見破られるような?」と聞き返した。
「致命的ではないが、好ましい事じゃない。さっき言ったように共犯者がいるなら、警察はすぐに見つけ出すだろう。共犯者の存在は弱点になる。家紋入りの和傘は、あらかじめ別荘に運んでいた。それが、あの男が家紋のない和傘を持っていた理由だ。家紋のない和傘が無くなればアリバイに綻びが出る。別荘に行っていない可能性が出てくるからだ。何度も言うように、あのアリバイは『確かに別荘まで行った』という事が立証されなくては成立しない。傘は処分できない。結果として、別荘に一本、『爺さん』の元に一本傘がある事がアリバイの存在を確実なものにするんだ」
 彼女はそう言ってテーブルの上に置いた和傘を見つめた。
「傘を『爺さん』に返すチャンスは十二時から四時までの間。アリバイのある時間帯と同じだ。警察の介入で、それ以後は行動が限定されるだろう。殺害と傘の返却をその間で終わらせなくてはいけない」
 私は今まで触れられていない重要な問題を口にした。
「事件が起こる事と、アリバイがある事を仰いましたが、一番問題なのは被害者は誰かということではないですか?」
 彼女は未だ不敵な笑みを浮かべていた。私には、彼女はその質問が出るのを待っていたように感じた。そして彼女は立ったまま答えて行った。

「被害者について語ろう。しかし、その前に確認しておく必要がある。商店街での男の会話では、傘を別荘に運ぶよう命じられた、命じられたのは今日、おそらく正午前、理由は『爺さん』の気まぐれ、と言った事が分かる。そこから考えよう。被害者は男に呼び出された可能性が高い。そして、いきなり呼び出されても応じる事ができる人物だ。傘を運べと命じられたのは突然の事だ。あらかじめ準備できたはずはない。犯行現場――中央公園に行く日課があった訳でもない。それは都合が良すぎる。すべては『爺さん』の気まぐれから始まったからだ。アリバイの存在を考えると、被害者は男に時間と場所を指定されて、それに従う人物だ」

 彼女はそこで後ろに振り向いた。スカートが翻る。無造作であるが優雅さも感じた。
「だがこれはおかしい。そもそも前提が間違っている。」
 そう言った彼女は後ろを向いたまま話を続けた。
「この事件に『爺さん』は無関係ではない。アリバイ工作に『爺さん』は関係している。関係どころか計画の重要な部分にいるのだ。商店街での会話も芝居に過ぎない。すべて前もって計画した事件だ。偶発的な所など無い。」
 私には語りかける言葉はない。彼女の『釈明』を聞くだけだ。
 彼女は何かに拘っているのではないかと気づいた。だからこんな意味があると思えない空論を語っているのではないか。何に拘っているか分からない。だが、この空論が終われば、それも分かるのではないか。

「事件が起これば男は容疑者として疑われる。しかし『爺さん』は事件では重要な存在なのに容疑を掛けられない。『爺さん』の発言や行動は何の疑惑を起こさない。社会的地位が高いから、といった事情ではない。疑いから外されるのではなく、疑われる事自体がないのだ。」
 確信に近づいているのか。
「傘をどうするのか。袋に入れるか、布で巻くのか、どちらにしても人目に付くだろう。しかし、処分できない。返さなくてはいけないからだ。ではどうするのか? 傘の最善の扱いは何か。それはある。一番簡単で、一番自然な方法だ。」
 嫌な予感がする。

「死体の側に置いておくだけだよ」

 予感は間違っていなかった。

「傘は死体の側に置いておくだけで良いんだ。それで問題はすべて無くなる。それが一番自然で普通の事だからね。」

 普通なのか。これが自然な事なのか。
「何でそんな所に傘を置くんですか?」それだけ言った。
 彼女は私の気持ちも気にしていないような声で返した。
「そうだよ。傘が持ち主の側にあるのは自然な事だろう?」
 私にも彼女が何を言いたいのか分かってきた。
 
 彼女は振り返り私の方を向いた。
「被害者はあの和傘の持ち主であり、絶対に容疑者になり得ない人物、『爺さん』だよ。『爺さん』は自分を殺す計画を作り上げ、その計画の実行をあの男に命じたんだ。 この事件で一番重要な立場にある『爺さん』が計画を立てたのは間違いない。男に傘を渡し、商店街でアリバイを作らせて自分を殺すように命じたんだよ。そして男は持っていた傘を死体の側に置いておく。傘は『爺さん』がいつも使っているものだから、側にあるのは当たり前の事だ。そして、家紋入りの和傘は既に別荘にあるから、この時点で男のアリバイも成立する。このアリバイは崩しようがない。すべて被害者である『爺さん』の気まぐれが発端になっているからね。アリバイを疑うのは被害者である『爺さん』を疑う事だ。」
 
「『爺さん』が絶対疑われないという根拠は?」
 私は疑問をぶつけた。
「それはあなたが一番よく解っているだろ。今までの話を聞いてきてそれを信じるか? 自分で自分を殺す計画を立てた上に、自分を殺す奴にアリバイまで用意するなんて誰が信用するんだ?」
 確かにそれはそうだが……釈然としない。
「何でそんな計画を立てたんですか? 何が目的だったんですか?」

 彼女の顔は不機嫌そうな色を見せた。盗聴器について話している時もこんな不機嫌そうな感じを受けた。何かあるのか……私は身構えた。
「これはゲームなんだよ。」
 彼女はそれだけ言った。
 彼女の態度は不機嫌を通り越して苛立っているように見えた。
「男の勝利条件は犯行を完遂する事。『爺さん』の勝利条件は犯行が失敗に終わる事。どちらが勝つか、唯それだけのゲームなんだよ。すべての人をゲームの駒として動かしていくのが『爺さん』の楽しみなんだ。だから自分自身も駒としてゲームに参加したんだ。男が『爺さん』を殺そうとしたのも、その辺が絡んでいるのかも知れないね。『爺さん』も知ってたんだよ。男が自分を殺そうと狙っているのを。だからこの計画を持ち出したんだと思う。男も『爺さん』の性格を知っていたんだろう。計画を了承したのも、これがチャンスだと思ったからだ。罠かも知れないが『爺さん』の性格を知っていれば賭けに乗るだけの値打ちがあると踏んだんだよ。盗聴器を見せた時言っただろう? すべてを監視して把握しようとしていると。そうやってゲームを楽しんでいたんだ。今度は自分も駒の一つになってゲームを楽しんでみようとしていたんだ」
 そこで彼女はため息をついた。
「今度のゲームは楽しみだったろうな。何せ自分の命を賭けているのだからね」

 私には何も言えない。彼女が語ったのは空論だ。一応の着地を見せたが、それでも空論に過ぎないだろう。彼女が拘り、苛立っていたのは『爺さん』が楽しんでいた『すべてをゲームの駒として扱う』という思想か、『命を玩具にしてゲームを楽しむ』という行為か。
 
 私はテーブルの上の和傘を、じっと見つめながら考え込んでいた。
 だが、その時、押し殺したような笑い声が聞こえた。
 私は顔を上げて彼女の方を見た。
 彼女は口に手を当てながら笑い出すのを押さえているように見えた。
 いや、まさか、もしかして……

「いや、すまない。そんなに考え込むとは思わなかったのでつい笑ってしまったんだ。」 彼女はおかしさ半分、すまなさ半分といった表情でこちらを見ていた。口を押さえていた手も下ろしていた。どうやら笑いをこらえるのに成功したらしい。
「今まで言ってきた事は全部冗談だったんですか?」
 私は呆れながらそういった。私は担がれていたのか?
「そうじゃないよ。冗談を言ったつもりはない。ただ、あなたが真剣に考えだしたのが、おかしかっただけなんだ。騙したりはしない。」
 そう言ってソファーに座って私を見た。
「あなたが言った事は本当なんですか? それともでたらめを長々と喋っていただけなんですか?」私は尋ねた。
「本当だよ。間違いなど無い」
「何でそう言い切れるんですか?」私は食い下がった。

「私は名探偵だからさ」

 彼女は自信に満ちた声で言った。力強く、はっきりと。

 『名探偵』。私はその言葉を思い出した。確かに彼女はそう呼ばれていた。出迎えに行ったのも、この滝川法律事務所に案内したのも、彼女が名探偵だからだ。
 今、この法律事務所が抱えている問題について、彼女の力を必要としていた。事情は言えないが必要なのは確かだ。
「本当なんですか?」
「本当だよ。」彼女は太鼓判を押した。その音が辺りに響き上がるのを感じた。

 私は何となくテーブルの上を見た。そこには盗聴器があった。盗聴器を手にとって少しの間見つめていた。そして思いついた。
「この盗聴器はまだ動いているんでしょうか?」
「そうだろうね。七時間くらい電池は持つはずだ。」
「もしかしたら『爺さん』はこの盗聴器で私たちの会話を聞いているんじゃないですか」
「まあ、そうだろうね」
 彼女は私から盗聴器を受け取り、どうしようかと考えているように弄っていた。
 
 私は盗聴器の向こうで誰かが笑っているように思えた。 


                            了
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