FC2ブログ
フィードメーター - 暗黒図書館 -Dark Side Library-

スポンサー広告

スポンサーサイト

 ←四章 →第二部
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 青い空の下で
  • [四章]へ
  • [第二部]へ
  • TB(-)|
  • CO(-) 
  • Edit

青い空の下で

五章

 ←四章 →第二部



 手記を読み終わると君はため息をついた。この内容は以前の手記に書かれていた事を繰り返しているだけだ。新しい情報と言えるのは、戸田兄弟が宗教団体を乗っ取って資金集めをしているといった事ぐらいだ。後は関係あるのか解らない錬金術についての説明と、今まで主張してきた戸田宗司が生きているという持論について、細部を書き足しているだけだ。目新しい情報と言えるものはほとんど無い。

「しかし、何なんだ。この手記は」
 君は困惑を隠そうともせず、呆れた声で言った。
「テレビと会話するって言うのは、どういう意味なんだ。今までも出て来ていたけど、どんどん酷くなっている。それに手記の内容まで仕切ろうとしているのか」
 そう言うと君は黙り込んだ。そして、考えをまとめる為の様に誰もいない空中へと語り始めた。

「手記について考えよう。これに書かれた内容は五年前の事件についての情報だ。だが、きちんとまとめられているとは思えない。最初の手記は殺されたのは後藤惣一で戸田宗司は生きているというものだった。次の手記では宗司と宗一が二人一役を演じる事で、周りをごまかしていると書いていた。新しい手記では二人一役を止めて宗司は皆の前へと姿を現したとなっている。さっき言った通り全てを把握してから書いているのではない。見つけ出した事を順次書き留めている様だ。おそらく、これが書かれた日にちはそれぞれ異なっているのだろう」
「五年年前の事件の事だ。あの事件で殺されたのは戸田宗司だとなっている。同時に無差別に硫酸を掛けていった通り魔の容疑者でもある。警察もそれを疑う様な発表をしていない。しかし、これでは別の事実を提示している。後藤惣一を殺し、その死体を戸田宗司の死体だと偽装したと書いてある。まず宗司の名前でアパートの部屋を借り、そこに惣一を住ませる。そして惣一を殺し宗司の死体であると偽装する。死んだのは宗司であると確認させ彼の存在を消す。こういった所だろう。だが動機が解らない。なぜ惣一を殺したのか。なぜ宗司は姿を消さなければいけなかったのか。それに通り魔の正体は誰だったのか書かれていない。手記の作者も全てを知っている訳でもないのか」
「だが『これから起こる事』に関しては何か知っている。『青い毒』によって『彼等の世界』が崩壊する。具体的に何が起こるのかは解らない。手記を書いた人物はそれを止めようとしているのか、望んでいるのかはっきりしない。少なくのも崩壊を回避する事は出来ないと思っている」
「そしてテレビについてだ。電気の繋がっていないテレビが映るはずがない。何か仕掛けがあるのだろうか。手記の中ではこれから起こる異変の象徴として書かれている。異変が進むとテレビの内容が鮮明になっていく。今ではテレビの中の人物と会話する程になっているようだ。テレビの中の人物は全てを知っている。五年前の事件も、これから起こる事も。それを手記の作者に書き記させている。これを読む限りそう思える。とにかく、このテレビに関する記述が手記の信頼性を大きく損なっているのは間違いない。現実離れした存在を出す事に何か意味があるのだろうか」

 君は問題点を口にしながらそれらを検討していた。
「そしてなぜ手記が送られてくるのか。いや、送られてきたのは支所だけだ。二つ目は直接手渡された。三つ目は死体に側に有ったのを拾ったのだ。これは……」
 公園の入り口から足音が聞こえた。君は口を止め、そちらを向いた。
 とろよろになった白い半袖のシャツと茶色のズボンを穿いた老人が、呆然としながらこちらを見つめていた。背は低いががっしりとした体格は見覚えがある。この町に来た時戸田家への道を教えてくれた老人だ。彼は君を見てはいなかった。君は視線の先を探した。
 わざわざ探す必要は無かったかも知れない。老人が見ているのはベンチに横たわっている死体だ。変色も進んでいる。たかっている蠅の数も増えている。一目見ただけで死体だと解るだろう。
「こりゃあいったい何が……」
 老人は呟く様に言った。
 君は老人のいる公園の入り口へと早足で向かっていった。老人はその行動に気付いたのか一瞬体を震わせ君を見た。彼の顔に怯えの色が浮かんだが、すぐに気難しい顔に戻っていった。
 今ここで誤魔化す様な事を言うべきではない。君は彼と別れてから出会った出来事を正確に語った。老人は黙ってそれを聞いていた。
 君が語り終えても、老人の顔からは疑念の色は消えていなかった。
「この話は信じて貰えないでしょう。ですが決して嘘は言っていません。現実に体験した事なんです」
 君は念を押す様に言った。
「それで」老人は言った「もう警察を呼んだのか?」
「え?」君は意表を突かれた様な顔をした。「ああそうだ! 思いだした!」
 君はそう叫ぶと老人に詰め寄った。
「この辺りに交番はありますか? それか電話は無いでしょうか」
 君はこの場所に来た理由を思いだした様だ。
「この辺りに住んでる者はいない」
 老人は苦々しい声で言った。
「もしかしたら集会場にあるんじゃないですか? そうだ。だからここまで来たんだ」
「あるかも知れんが儂は知らんよ」

 君は老人の言葉を背にし、道路を渡って向かいの家へと走っていった。
 玄関の引き戸に手を掛けた。鍵は掛かっていなかった。静かに戸を横に押すと玄関は音もなく開いた。中は前に見た通り壁や襖が取り払われて、広い一つの部屋となっていた。おかげで家の一階部分は一目で見渡せた。ここには電話らしき物はない。左奥にドアが見えた。ここだけ壁は残っており、小さな部屋となっていた。君はそのドアへまっすぐに走り寄りノブを掴んで慎重に開いた。部屋の中には何も無かった。家具等もその部屋にはなかった。君は部屋を出ると階段に向かった。二階へ上がってみるとそこも一階と同じように壁が取り払われていた。ここにも何も――家具さえも――無かった。君は一階に戻り、もう一度周りを見渡した。壁や戸が無く、柱だけが不規則に並んでいるように見える。床は部屋だった所は畳敷きで、廊下だった所は板張りになっている。家の中には何も無かった。君は玄関へ向かっていった。だが、君は足を止めた。ゆっくりと振り返り家の奥を見た。そこには何も無い。無くなっている。
「確かあそこにはスクリーンが張られていたはずだ」
君は天井を見る。そこも何も無い。
「プロジェクターも無くなっている」
 君はそう呟いた。
「どういう事なんだ。これは」
 痛みが有るかの様に右手で頭を押さえた。そして玄関へと行き、家から出た。

 外に出ると、公園の入り口に老人がまだ立っているのが見えた。君の一挙手一投足を見逃すまいとしているように険しい顔で見つめていた。
 君はまた道路を横切り、老人のいる所に戻っていった。
「何もありませんでした」
 君は困惑を隠しきれないのか、少し上ずった声で言った。
「電話は無かったのか」その声には不信感があった。
「ええ、何もありませんでした」
 君はその言葉を繰り返し言った。少しの間、君は躊躇していた。二人の周りを沈黙が覆った。そして、それを振り払うように君は言った。
「この家に集まっていた人達に関して知っている事を教えて貰えないでしょうか。無理にとは言いません。話せる事だけで良いんです。もちろん謝礼も払います。今は持ち合わせがありませんが後で……」
「謝礼はいらん」
 老人は素っ気なく言った。そして更に厳しい顔で君を睨んだ。
「何でそんな事を聞き出そうとするんだ? 何の権利があって探偵の真似事をしてるんだ? あんたには関係の無いだろうが!」
 その声は重く、他を圧倒するように響き渡った。
 君は老人の拒絶するような言葉に負けぬような強い声で言った。
「真似事でやっているのではありません。これが仕事なんです。何の権利があるのかと仰いましたが、今やっている事は歴とした義務なのです。課された義務は遂行する必要があるのです」
「義務だって? そりゃ何だ」
「詳しい事は言えませんが、これは実に重要な事なのです。お願いですからこの質問にお答えいただきませんでしょうか」
 具体的な事は言っていない。しかし君は有無を言わせぬ様に勢いで押し通した。
 老人は顎に手をやって推し量るように君を見た。しばらくの間、顎を撫でていた。そして用心深く言った。
「あんたが何者かは知らん。何をするつもりかも知らん。あんたにとっては重要な義務かも知れんが、儂にはそんな義理はない。あんたもこの町の事は忘れて出て行った方が良い。それが儂の忠告だ。首を突っ込んでも碌な事は無いぞ」
 君は勢いを落とさずに言った。
「それならもう首どころか体全体で突っ込んで息をつく事も出来ない程ですよ。あの死体をわすれたんですか」
 君はベンチの上の死体を指さした。
「あれはどうするんですか? 今はもう引き返せない所まで来ているんですよ」
 老人は死体の圧方を向いた。その動きは緩慢だった。そして更に険しい表情となった。
「もう遅いというのか?」死体を見ながら言った。「溺れる者は藁にも縋る言う訳か」
 老人は君に向き直って言った。
「いいだろう。儂の知っている事なら教えてやる」
 その言葉に君は一息ついた。

「ありがとうございます」君は礼を言った。
 そして、焦りを見せない様に続けた。
「早速ですが、あの人達について教えて貰えませんか? 元々何かの集団だったらしいのですが、どんな集まりだったのでしょうか」
「それを説明するのは骨が折れるな。あんた、この町に来てどう思った? 偉く寂れた所だと思ったろう?」
「ええ、そうですね。ここには人気がありません。ずいぶん静かな所です」
「そうだな。ずいぶん静かだ。これでも色々と町興しをやっていたんだぞ。だが、その中の一つが奴等を呼び込んでしまった」
「奴等?」君は聞き返した。
「八年前ぐらいからだ。奴らを迎え入れたのは」そう言って君を見た。「町興しの一環だったんだよ。これは。芸術家村っていうのは知っているか? 『芸術に触れ、町の文化を高めて更なる発展を目指す』とか言うやつだ。町全体に芸術作品を置いて人を呼び込むつもりだったんだ。その為に色んな奴らを掻き集めたんだ。分野は何でも良い。絵画、彫刻、音楽、文学。とにかく『芸術』的な物なら何でもだ」
「普通、芸術家村とかいったものはもっと自然豊かな所に作るんじゃないですか?」
 君は不思議そうにいった。
「いや、そうでもない。どんな表現にも決まりはないからな。どこだろうと描きたければ描けばいい」老人の声は少し熱を帯びていた。「『いいもの』って言うのはどこにでも有る。こんな町にもな。いや、この町だからこそか。儂等は只それを見つけて拾いあげるだけだ」
 そう言って老人は少しだけ穏やかな表情を浮かべた。それは昔を懐かしんでいるようだった。
「もしかしてあなたも芸術家村の一人だったんですか?」
 君はそう質問した。
「いいや違う。儂はずっと前から絵を描いてる。彼奴等が来る前からな。絵を描くのが唯一つの趣味でな。もう何十年も昔から続けとる」
 少しの間黙り込んだ。
「とにかく、その時に集まってきたのが、あの集団の中心メンバーだ。最初は今みたいな感じじゃなかった。真面目にやっていたよ。少なくとも何かは創っていた。それなのに今はもう……」
 さっき見せた熱意も、穏やかさも感じさせない、何かを諦めた様な声で言った。
「何かあったんですか?」君は尋ねた。
 老人は明らかに躊躇する様子を見せ、「あれは……」と呟いた。
 そして意を決したように表情を引き締め、はっきりとした口調で言った。
「何かあった所じゃない。破滅がやって来たんだ。彼奴が来てから全てが台無しになったんだ。さっきも言ったが、彼奴が来るまではそれなりに上手く行っていた。皆が集まって色んな作品を出し合っていたんだ。人形や小説、絵画に音楽、よく解らんオブジェだったりな。そんな時――五年前ぐらいか。彼奴はこの町に来た。そして若い芸術家の集まりに顔を出すようになった。最初はみんなの話を聞いてるだけだったが、その内自分も創り出す事が出来ると言いだしたんだ。何を創ると言ったか分かるか? 金だよ。彼奴は金を創り出せると言い始めたんだ。錬金術を使ってな。」
 そこで老人は一息ついた。
 君は疑問を口にした。
「彼奴というのは戸田宗一ですか?」
「そうだ」老人は答えた。「双子の弟も一緒だった。確か宗司と言ったか」

 君は言葉を聞き逃すまいとする様に身じろぎもせず老人に向き直った。
「そうですか。ところで金の話――錬金術で金を創り出すという話を聞いて芸術家の人達はそれを信じたんですか?」君は続けていった。「確か芸術家の人達が『あの集団』の中心メンバーだと仰いました。戸田兄弟にはそんなに人を引きつける様なカリスマを持った人物なのでしょうか?」
「いや、奴等はそれ程の器ではないと見たがね」と老人は答えた。
 君は質問を続けた。
「それなら、どうして彼等は信じたんですか? 何か信じるに足るような根拠があったんですか? 彼等を見た限りでは完全に信じているようでした。戸田に乗せられたのでなければ、何か錬金術が存在したという証拠があったとしか考えられません」
 老人は顔をしかめながら「ああ、確かにあった」と歯切れの悪い口調で言った。
「日記帳だ。表紙にはD、I、A、R、Yとだけ書いてあった。何の変哲もない古い日記帳だ。彼奴はそれをみんなに見せた。それだけだ。それだけなのに誰も彼も皆、彼奴の言葉を信じたんだ」
「日記帳? それには何が書かれていたんですか?」
「何が書いてあったかは知らん。儂はそれを読んでない。どうにも胡散臭かったからな。だが読んだ奴は『失われた真実の欠片を見た』とか言っていた」
 君は手にしているブリーフケースに目を落とした。それには手記が入っている。
「日記を読んだ人達が錬金術を信じるようになったという訳ですか」
 君は所在なく身を動かした。そして続けた。
「戸田兄弟には人を引きつける要素はないそうですが、あの集団にとって兄弟はどんな立場だったんですか?」
 老人は少し考え込んでから言った。
「そうだな。一応中心は兄の宗一だが、皆から尊敬されている訳では無いな。ただ、『実験をする者』といった立場か。弟の宗司はほとんど顔を見せてない」

 君は次の質問に移った。
「あの人達が唱えている『教義』はどういったものなんでしょうか。少なくとも何かを金に変えるというだけではありませんね? 確か世界の崩壊を阻止する為だと言ってましたが、何かご存じでしょうか」
 答えはすぐに返ってきた。
「『教義』か。そうだな。どう話せばいいか。とにかく彼奴等の言い分はこの世界が危機に瀕しているというものだ。確か世界を救う為には今の不完全な世界を完全な世界へと造り直していく必要があると言っていた」
「世界を造り直すのですか」
 老人は下を向いて言った。
「そうだ。元々この世界は何の問題も不安もなく幸せに満ちあふれていたと言っていた。それが失われて今の不完全な世界になってしまったそうだ。それで元の失われた完全な世界に帰って行くとか言っていた」
 老人は君に向き直った。
「錬金術を知っているか? 鉄を金をに変える魔法だと思っていたんだが、奴らに言わせると低級な物を高級な物に造り直す術らしいな。それを使って崩壊が近づいてる今の世界を元通りの完全な世界に造り直す訳だ。それが奴らの『教義』だ」
 君はまたブリーフケースを見た。
「彼等は具体的にどんな活動をしていたんですか?」
「最初の頃はこの公園で錬金術の講義をやっていた。その内集まってくる奴が多くなって来て、公園に入り切らなくなる程になった。そこまで行くと色々問題が出てくる。何しろ公共の場を無断で占拠しているんだからな。それに町興しという大義名分もどこかへ行ってしまった。かなりもめたが、奴らは公園から追い出されたんだ」そして向かいの家に目を向けた。「どういう伝手であの家を手に入れたかは知らないが、とにかくあの家が奴等の新しい集合場所になった。それから後の事はほとんど知らん」
 君は老人の言葉にしがみついた。
「『ほとんど』と仰いましたが、ある程度の事は知っていると見て良いんでしょうか?」
 老人は「少しはな」といった。「その家に入るのには何の資格も制限もない。誰でも出入りできる。奴等のやっている事は秘密なんか無かった。」
 思い出す為か、少しの間目を閉じていた。
「儂が知っているのは人から聞いた話だけだ。その家の中にはプロジェクターとスクリーンがあるだけで、彼奴等はスクリーンをずっと眺めているだけだったらしい。映っていたのは試験管とかフラスコとかビーカーとかを使って何か分からない液体を混ぜたり火にくべたりしている場面だけだそうだ。この映像に何の意味があるのか聞いた人がいたが、意味はないと言ったらしい。必要なのは努力と忍耐だとか答えたそうだ」
「努力と忍耐ですか」君はそう呟いた。
「それが一番重要な事らしい。常にそれを試される。たしかそう言っていた。」

「『青い毒』という言葉について何か知っている事はありますか?」君は聞いた。
 老人は顎を撫でながら言った。「世界を蝕む毒とかだったか。確かそんな事を言っていたな。どんな物かは知らん」
「彼等の言う『世界』とはどんな『世界』だったのですかね」
 君は自分にだけ聞こえる様な小さな声で言った。が、老人はその声を聞き取った。
「そうだな。彼奴等の言っていたのは――いや、待て。思いだしたぞ。さっきも言ったが人伝に聞いた話だが、世界がどうとか言う話しがあった。彼奴等にとって世界は何よりも代え難い物だったらしい。あの兄弟よりも重要だったそうだ。完全な世界を取り戻す為にはどんな犠牲も払いかねないとも言っていた」更に思い出そうとする様に額に手を当てた「それに世界を創った者を再び呼び出す為でもあったらしい」
「世界を創った者ですか? 何かの神様でしょうか」
「いや、神とは言っていなかった。確か『作者』と言っていた」
「『作者』ですか? それは……」君は言葉を失った。
「まあ、たしかに馬鹿げているな。普通なら神がどうのとか言うんだろうが。とにかくこの世は『作者』によって創られた。それが彼奴等の主張だ」
 老人はそう言い終わると下を向いた。

 君は気を散り戻し、肝腎な事を尋ねた。
「戸田兄弟について知っている事を教えて貰えないでしょうか」
「彼奴等について知っている事はほとんど無い。芸術家村の一人の知り合いだったらしいが詳しい事は知らん。あの時はどこに住んでいたのかも知らなかった。今では高台に住んでいるが。彼奴が姿を見せたのは五年前だ。兄の方――宗一か。そいつが週に三日くらいやって来て村の連中を取り仕切り始めたんだ。弟の方は前に出なかったし、居たのは最初だけでしばらくしてここには来なくなった。最近また姿を見せるようになったがな。」
「戸田宗一が取り仕切っていたという事ですが、実際どんな様子だったんですか?」
「実際か。あれは実際に見ないと解らんだろうな。熱狂的な処がない。みんなただ静かに盲信していた。疑問を持たない。不満を言う者もいない。本当に『忍耐と努力』を実践していた」
「しかし何のトラブルも無かったんですか? 普通なら何かありそうなものですが」
 君の問いに老人は答えた。
「何も無かった。彼奴等がやっている事は週に何回か、一時間か二時間位スクリーンを眺めているだけだからな。それで何か困る様な事は無かった。それに彼奴が前に出ていたのは最初だけだ。公園から追い出されてその集会場に移った時からは、高台の家に籠もって何か実験を繰り返しているらしい。その実験の様子をスクリーンに映しているだけだそうだ。今では誰の前にも直接姿を見せていない」
 老人は静かに続けて言った。
「それに苦情を言ってくる人もどれだけ残っているか判らん」
「それはどういう意味ですか」君は尋ねた。
「この町に残っているのは、ほとんどあの集団の者だけだからだよ」
 老人はそう言って肩を落とした。

「儂にはもうどうにも出来ん」そして君を見て「あんたも探偵の真似事を止めてこの町から出て行った方が良い。もうどうにもならん」と言った。
「儂はもう疲れた。この町から出て行くよ。最後に一目見ておこうと、ここまで来たんだが少し長くなった」
「すみません。余計な時間を取らせてしまって」君は謝った。
「いや、それはいい。見ておきたかった所は全部廻っていたしな。だが、さっさと引き上げた方が良さそうだ」と言ってベンチの上の死体を見た。
「そうですね。警察への通報はこちらでやっておきます。あなたに迷惑を掛けるような事はしません」
「そうか。それじゃ後はよろしく頼む。これ以上この町にはいられない。こんなになった町をもう見たくない。」老人は力のない声で言った。
 君は思いついた事を言った。
「もしかして町興しに芸術家を集めようと提案したのはあなたですか?」
「ああ、そう儂だ。儂が言いだして周りを説得したんだ。今になって思えば、町をこんなにしたのも儂の責任だ」
「違います。責任は明らかに戸田兄弟にあります。あなたの所為ではありません」
「気休めはいい。それじゃ」
 そう言って公園から出て行こうとした老人に君は声を掛けた。
「最後に一つだけ答えて貰えませんか。あなたは始めて会った時、戸田宗司と見間違えたと仰っていましたが、そんなに似ていましたか?」
その言葉に老人は振り返り答えた。
「そうだな。確かによく似ている。兄弟だと言っても通じるだろうな。あの時は鞄を持っていたから宗司だと見間違えたんだ。元々あまり姿を見せなかったが、最近はよく見かける様になったからな。それで間違えたんだ。よく見れば違うのはすぐ分かる」
 君は死体に目を走らせた。
「あなたは絵を描いてると仰ってましたね? 普通の人よりも観察眼があるのではないですか。他の人から見て違いが分かる程似ているでしょうか?」
 その言葉に老人は「うーん」とうなるような声を出した。そして結論を出した。
「並べてみれば違いはすぐに分かるだろう。だがそんなに顔を合わせてなければ見間違えるかも知れない。儂に言えるのはそれぐらいだ」
「宗一と宗司はどれ位似ていましたか?」
「んん。普通に似ていたよ。兄弟だからな」
「確か彼等は双子でしたが」
「そうだったのか? 儂は只の兄弟だと思っていたが」と答えた。
「つまり、双子という程には似ていなかったという事ですか?」
「そうだな」老人は断言した。
「こちらの質問に付き合わせて下さってどうもありがとう御座います。聞きたかった事はこれで終わりです。」
 そう言って君は深くお辞儀をした。
「まあいい。これも何かの巡り合わせかもしれんな。最後になってこんな話しをする事になるとはな」
 老人は君を見て逡巡したような顔を見せた。
「なあ。あんたこの町から出て行くつもりはないか? やっぱり調査なんか止めて帰った方がいいと思う。それがあんたの為だ」言いたくない事を言うように「それともまだここに残って探偵ごっこを続けるつもりか?」と言った。
 君の答えは決まっている。
「心配して下さってありがとう御座います。ですがまだ調査を続けるつもりです。それが仕事ですから」
「そうか。まだ残るのか」諦めた様な声で老人は言った。「ならこれでお別れだ。もし縁があったらまた会おう」
 老人は別れを言って公園から出て行った。

 君は死体へ近づき見下ろした。命のない体はもう痛み始めている。その顔は生きていた時より変わっているだろう。それに半分は焼け爛れている。
 君は自分の顔に手を当てて撫でてみた。
「そんなに似ているのかね」
 ブリーフケースを見て「鏡は持ってきていなかったな」と言った。
 その時、君は凍り付いたように動きを止めた。
「しまった!」声が口から飛び出してきた。「あの人にこの死体が誰か確認してもらえば良かったんだ!」
 君は走って公園から出た。老人が歩いて行った方向へ向かっていくが、その姿は見えなかった。細い路地が網の目のように広がっている。彼はどこに行ったのか判らない。君はしばらく辺りを走り回っていたがあの老人は見つからなかった。
「肝腎な事を聞き忘れるなんて!」
 君はそう叫んだが、走り回っていた所為で息が上がり声にならなかった。
「縁が無かったんだよ」
 どこからか声が聞こえてきた。老人ではない、若い男の声だ。
 君は息を整えながら周りを見渡した。青い空から降り注ぐ強い日差しが、狭い路地に深い影を作りだしている。その影の中に光る物があった。それは路地に沿って並んでいる家の玄関近くに、錆びた自転車や冷蔵庫などの粗大ゴミと一緒に置かれていた。
 小さな古いブラウン管のテレビが光を放っていた。
「もう遅い。次の作業は始まった」
 確かにそのテレビから声が聞こえてきた。
 テレビにはパイプ椅子に座り、折り畳みテーブルに手をのせた男の姿が映っていた。
 その男は紺のスーツにネクタイを締めていた。
 そして男の顔は黒い袋で覆われていた。
 その袋には白い自分の尾を咥えた蛇の絵が描かれていた。
「次の作業は始まった」と男は繰り返した。
  
関連記事
スポンサーサイト


もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 青い空の下で
  • [四章]へ
  • [第二部]へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

まとめteみた.【五章】

 手記を読み終わると君はため息をついた。この内容は以前の手記に書かれていた事を繰り返しているだけだ。新しい情報と言えるのは、戸田兄弟が宗教団体を乗っ取って資金集めをして...
  • [四章]へ
  • [第二部]へ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。