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フィードメーター - 暗黒図書館 -Dark Side Library-

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青い空の下で

六章

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「次の作業は始まった」とテレビの中の男がそう言うと、画面は砂嵐に切り替わりノイズ音を撒き散らした。君はテレビに近づこうとして一歩踏み出すと、画面に映る映像も音も消えていった。
 君は玄関前に置かれた粗大ゴミの中に無造作に投げ捨てられたテレビに近づくと、不思議なものをであるかの様にそれを見つめた。画面にはひびが入っていた。テレビを持ち上げると電源コードが伸びているのが見えた。だが、コードは20センチ程の所で切られていた。
「何でこれが動くんだ?」呟く様に言った。「手記に書いてあったのと同じじゃないか」
 その時、テレビが再び光を放った。君は反射的に身を震わせ、手からテレビを取り落とした。舗装されてない土がむき出しだった場所だったからか、音はさほど大きくはなかった。テレビは画面を上に向け、何事もなかったかの様に映像を映し出している。

 君はテレビに近づいて画面を見た。
 映っていたのは畳だけだった。カメラを下に向けているらしい。しばらくその状態が続いたが、突然動き出して辺りを撮り始めた。八畳程の部屋だ。一方は一面曇りガラスの入った引き戸。その左手は襖。向かいには窓がある。部屋の中にあるのは水屋箪笥にちゃぶ台。どこかの民家の様だ。映し出されている画像には音声は一切無かった。
 画像は襖へと向かっていった。撮影者のであろう手が襖を開けた。そして開いた隙間を通り隣の部屋へと入って行った。
 部屋の中には四人の男女がいた。茶色いズボンを穿いて白いシャツを着た五十歳ぐらいのどこにでもいそうな男。同じく五十代ぐらいの女。白いブラウスに白いスカートの十代前半ぐらいの少女。端から見れば普通の家族に見えるだろう。いや、本当に家族なのかも知れない。
 だが、最後の一人は違う。平凡な三人とは異質なものがあった。頭が入る程の大きさの黒い袋を被り、首の辺りで紐で縛って止めている。その袋には円の下に十字を付け加え、上に二本の角が生えた様な記号が書いてある。その所為でその人物の顔は見えなかった。
 しかし、その人物の服装から誰かは解る。君には着ている赤い服に見覚えがあった。あの集団の中の一人。水野と名乗った男だ。彼は右手に鉈を握り締めていた。

 君は嫌な感じを覚え身を震わせた。それは予感などというものではなく、明確な確信だった。これから起きる事は誰だって解る。殺戮だ。
 水野は初老の男の前へ行き、少しの間立ち止まっていた。そして右手に握っていた鉈を振り上げ、一呼吸置いて振り下ろした。音は一切聞こえない。鉈は顔の左側、左目と前頭部にめり込んだ。潰れた傷口から血が噴き出し、辺りを汚していった、。男は崩れる様に倒れていった。画像が床に倒れた男を追っていく。男の体は痙攣していた。
 水野は鉈を引き抜くと、また鉈を振り上げて男の顔に振り下ろした。再び血が飛び散った。それでも足りないのか更に鉈を振った。君はその回数を数えていた。七回だ。顔どころか頭として原型を留めない『赤黒い物』になった所で手を止めた。
 この間、残りの二人は微動だにせずに立っていた。その顔も何の変化を見せず、じっと前を見つめていた。その体は血で汚れていた。
 水野は母親と思しい女に向かい、さっきと同じように鉈を振り下ろした。一回。二回。三回。四回。五回。六回。七回。回数もさっきと同じだ。女の顔を『赤黒い物』に変えると少女の元へと歩いて行った。
 白かったブラウスもスカートも斑のある赤へと変わっていた。水野は鉈を振り上げると躊躇無く振り下ろした。どうやら慣れてきたらしい。八回鉈を振り、『赤黒い物』を作りだした。
 水野は君の方を――いや、カメラの方を向いた。そして鉈を振り上げていった。その様子をカメラはブレもなく捉えていった。黒い袋を鉈が振り下ろされた時、画像は揺れて乱れた。手から離れ、床に放り投げ出されたようだ。そして、その後は少し開いた襖と畳だけが映し出されているだけだった。
 全て無音の出来事だった。

 君は襖と畳が映し出されている画面を見続けていた。しばらくすると画面が乱れていきノイズ音が流れ出してきた。画像の乱れとノイズ音は次第に激しくなっていく。君はノイズ音の中に人の声らしきものが混じっているのに気がついた。何と言っているのかは判らない。何人かで話しあっている。時々笑い声も流れている。音は更に激しさを増し、辺りを蝕んでいくかの様子を見せた。
 君は響き渡る音に耐えきれ無かった。粗大ゴミの中に紛れ込んでいたゴルフのクラブを取り上げて、テレビに向かって振り下ろした。一回。二回。ブラウン管は完全に壊れて何も映し出さなくなった。三回。四回。音は消えるどころか更に大きくなった。五回。六回。まだ音は鳴り続けている。そして七回。君はクラブを放り出し、後が聞こえない様に耳を両手で押さえつけようとした。
 その時、音は消え去った。今まで何も無かった様に辺りは静寂が支配した。
 君は恐る恐るテレビに近づいた。画面は全て砕け散り、ダイヤル式のチャンネルスイッチもとれて無くなっている。前面のプラスチックのカバーは割れて中の基板が見えている。
「何だったんだ。あれは」君は息を切らせながら行った。
「もしかしたら作り物なのか」
 確か彼等は何かを作り上げるのは得意だったはずだ。老人が言っていたのが本当なら色々なジャンルの芸術家があの集団にいるはずだ。映像や特殊メイクについて詳しい者が居たかも知れない。
 君は壊れたテレビを見つめた。
「何でこれが映っていたんだ? 何か仕掛けがあるのか」
 テレビから出ているのは途中で切られた電源コード一本だけだ。君は怪しい所がないが調べる為、プラスチックのカバーを力任せに引き剥がした。壊れたブラウン管と基板が剥き出しになった。
 君は何か無いか見つけ出す為にそれを弄っていた。しかし、こういった電気製品について詳しい訳でもない。それらしい物を見分ける事など出来なかった。
「これ以上やっても無駄だな」君は呟いた。
 そう、これ以上やっても無駄な事だ。

 これからどうするか。君は悩んだ。さっき見た殺害の現場を探すべきだろうか。それとも高台の家に行って何があるか探してみるか。少し考えると答えは簡単に出た。
 さっきの映像が本物なのかどうか判らない。それに殺害現場がどこなのか見つけ出すのは困難だろう。場所はどこにでも有りそうな民家で特定する手掛かりなど何も無かった。
 それならば高台の戸田兄弟の家に行った方がいいのではないか。手掛かりを得るなら有効な手段だ。どことも解らぬ場所を探して歩き回るよりずっといい。
 君は迷うことなく高台にある戸田兄弟の家に行く事に決めた。
 それでいいのかな? 君は声にならない声を聞いた様に感じた。周りを見渡したが誰もいない。
「気のせいか」
 その言葉を口にした時、今までの疲れが一気に君の体を押し潰した。君は体の平衡を失いよろめいて黒い木製の塀に手をついた。立っているのが困難な程疲れている事に自分自身でも驚きを感じた。
 暑い。とても暑い。まるで体が蝕まれている様だ。君は空を見上げた。太陽は頂点に昇り、細い路地に真上から熱い光を注ぎ込んでいる。光が当たっている所は白く輝き、影となる所は黒く深い闇になっている。そして空は毒々しい程の青さを見せていた。

 深い闇の中から湧き出る様な影があった。影が白く輝く路地へと身を晒すとその姿もまた輝きを放っている様に見えた。影の正体は白いズボンに半袖の黄色いシャツを着た男だ。だが、顔は分からない。その男は黒い袋を被っていた。首の辺りに紐で止めている。そして正三角形の下に十字が組み合わされた図形が顔の部分に書かれていた。
 その男はゆっくりと君に近づいてきた。君の目は男が持っている物から目を離す事が出来なくなった。一メートル程の磨き上げられた木と鈍い色の金属でできたもの。猟銃だ。
水平二連の銃身が君の目を引きつけた。
 銃口を下に向けているが、その指は引き金に掛かっている。男は君に興味を見せる事もなく、ゆっくりと横を通り過ぎていった。君は男の後ろ姿を目で追っていた。銃を持った男は数軒先の家まで行くと玄関へと向かったって行った。戸を開ける音が小さく聞こえて来た。君は男が入って行った家に向かおうと鉛の様に重い体を引きずって行った。
 轟音が鳴り響いた。そしてもう一回同じ音が響き渡った。

 君は重い体を動かし、黄色い服を着た男が入って行った家に近づいた。玄関の戸は開いたままだ。三和土には二組の男物の靴がきれいに並んでいる。君は夢の中にいる様な感覚を覚えた。体が思う様に動かない。これは悪夢だろうか。そうだな。そう言ってもいいだろう。
 君は靴を脱がずに家の中に入った行った。古い木造の民家だ。玄関の向かいに階段がある。左側はガラス戸になっている。そして奥に向かう廊下が延びている。君は誘われる様に家の奥に通じる廊下を進んでいった。その廊下を行くと台所にでた。予想はしていた。しかし、実際にそれを見ればそんな心の準備など消し飛んでしまう。
 台所の中は赤黒い物と白っぽい物がぶちまけられていた。床には二人の人間だった物が転がっている。その内の一人が着ている白い――おそらく――半袖のシャツは赤く染まっている。それが誰だか判別できない。顔がないからだ。残っている部分は下あごだけだ。それから上は全部吹き飛んでしまったらしい。
 もう一人は派手な色と模様の服を着ていたようだ。それも赤一色になっている。彼の顔は何とか判るだろう。吹き飛んだのは右半分だけだ。顔の左側は残っているが、後頭部はほとんど無くなっている。左目は眼球が飛び出してしまったのか、空洞となって頭の中を覗かせている。
 黒い袋を被った男はもうそこには居なかった。君は辺りを見渡す。勝手口が開いたままになっている。彼はそこから出て行ったのか。もしそうだとして、君はどんな行動を取るのだろう。あの袋を被った男、『殺人鬼』を追いかけるか。
 しかし、追いかけたとして何が出来るのか。相手は銃を持っている。君は何も持っていない。台所には包丁など武器になりそうな物がある。しかし、それらではとても銃には敵わない。対抗手段としては貧弱すぎるだろう。
 君はそのまま勝手口へと歩を進め、勝手口から外に出た。手にしているのは茶色いブリーフケースだけだ。あの男を追いかける為か。それとも噴き出した血で汚れた台所から逃れたかったのか。とにかく、君は壁と木の塀に挟まれた狭い隙間を歩いて行った。あの男はどこに行ったのかそれを知る手掛かりとなる物はない。家の角、表へ出る曲がり角の部分の塀に戸があった。その戸をくぐれば隣の家に出る。君は躊躇った。闇雲に歩いて行っても何の益もない。重い体が更に君を苛んだ。もう何時倒れてもおかしくない。君は塀に体を預け、顔を両手で覆った。また銃声が轟いた。君は動かない。いや、動けなかった。やらなければいけない事が多い。そして、その殆どは君には荷が重すぎる。
 しばらくして君は玄関前に続く隙間へと歩を進めた。出来る事と出来ない事がある。銃を持った男を止める事は出来ない。疲れ切った体で立ち向かっても容易く返り討ちされるのは確実だ。だから出来る事をやろう。更に銃声がした。また君の体が重くなった。

 高台にある戸田の家に行こう。君はそう考えた。今となっては五年前の事件を調べる意味など無い。しかし、今起こっている事態に対抗する為の『何か』があるかも知れない。君はその『何か』に頼るしか他にない事に、絶望に近い想いを抱いた。
 走り回ったおかげで、この町の地理もある程度解ってきた。地図を見ればここがどの辺りか見当がつく。今いる場所は高台から離れている。だが、そこまでの道筋は間違えようもなく辿っていける。君はまず、公園へと向かった。
 何の障害もなく公園に辿り着いた君は、公園を見渡した。この場所には何の変化も見当たらなかった。もちろん死体もベンチの上で横たわっている。変わらない光景だ。ここから高台が見える。戸田兄弟の家は高台の頂上の周りより頭一つ高い家だ。よく見るとそれらしい家が見える。

 公園から出て高台への道を進む。君の体は相変わらず重く、疲れ切っていた。それでも前へと進む気力は残っている。それに頭のどこか一部分は冷たかった。このまま倒れ込んで眠ってしまいたがったが、頭の中の冷たい部分がそれを許さなかった。何があっても思考を止める事は出来ない。意味がありそうな事もなさそうな事も考え続けた。
「そんなに急ぐ必要は無い」どこからか声が聞こえた。
 君はその声を無視して一歩ずつ確実に進んでいった。
「君には悪いがもう遅い。事は既に終わりかけている」その声ははっきりと断言した。
 君には悪いがもう遅い。事は既に終わりかけている。君がそれを実感するのはまだ先の事だろう。今はまだ希望がある。ほんの微かな希望だが、それにしがみつくのは無理もない事だ。
 君は十字路を曲がり高台の方向に進んでいった。迷路のように入り組んだ路地は先を急ぐ君を惑わせているかのようだ。そんな路地の先に二人の男が立っているのを見た。
 一人は若い二十代ぐらいで背が高く、顔も整っている。肌も白く優男と言う言葉が相応しい。もう一人は更に背が高く筋骨隆々としていた。その顔は無精ひげに覆われていたが、それは彼の野性味を引き出して余りあるものとなっていた。この暑さの所為か二人ともジーンズにTシャツといった出で立ちだった。
 君は叫んだ。「速く逃げて下さい!」今の状況を正確に伝えられるのか。「警察に通報して下さい。人殺しが歩き回っているんです。それに……」君は言葉を止めた。何かがおかしい。君を見る二人の顔は訝しげな表情を浮かべている。殺人鬼が彷徨いているというのは、そんなにある事ではない。そう考えれば君の言葉は聞くに値しない戯れ言だ。確かに彼等は困惑していた。だが、何かが違う。
「逃げろって、何か変更があったんですか?」と優男が聞いた。
 ひげ面の男が君から目を外し、君の背後を見た。「やっと来たか」
 君は振り返った。そして体格の良い男がこちらに歩いてくる姿を見た。男は一枚の紙を見ながら歩いていた。彼の顔は分からない。黒い袋を被っているからだ。顔の部分には白く円を横線で区切ったような図形が書いてある。着ているシャツは元々白だったのだろうが、今では赤黒くなっている。男は一メートルをはるかに超える大きさのチェーンソーを軽々と持ち運んでいた。
「速く逃げて下さい!」再び君は叫んだ。何か武器になりそうな物はないか辺りに目をやった。この路地も他の場所とは殆ど変わりがない。古い住居が所狭しと並んでいる。粗大ゴミが山と積まれている。変わった場所は優男とひげ面の男が立っていた所だ。そこは何かの祠のようだ。しかし、石で出来た小さな鳥居があるのが見えるだけで、中は粗大ゴミが積み重なっているだけだ。君はその中に鉄パイプが何本かあるのを見つけた。
 君はうなり声を聞いた。こちらまで振動が伝わる程の音が君を圧した。
 チェーンソーを持った男と狙われている男達の間に庇うようにその身を置いた。どうなるか解らない。どうすればいいのか解らない。だが……
 突如、君は衝撃を受けた。背中を何か長細い物で打たれたのだ。君その場に倒れた。その打撃で呼吸をする事も出来なくなった。
「邪魔をしないでくれるかな」と言う声が聞こえた。野太い声だった。
 君は痛みをこらえながら体を起こそうとした。だが思うように体が動かない。チェーンソーの音が段々と大きくなる。君の体をまたいで通り過ぎるのが感じられた。
「やっと私達の番ですか」嬉しそうな声が聞こえた。さっきの声とは違う、細いが耳障りのいい声だ。「あの人は逃げろとか言っていましたが、何か手違いでもあったんですか?」耳障りのいい声で疑問を口にした。
「いや、問題は無いはずだ。あの人の事は俺から伝えておこう」
 野太い声でもない。耳障りのいい声でもない。感情のこもっていない平坦な声が答えた。「さあ、これから本番だぞ」平坦な声で言った。
 チェーンソーのうなり声の中に異質な音が混ざった。湿ったような音だ。
 誰も声を上げない。無言のままで事は進んでいる。
 何かが倒れる音がした。
 再びチェーンソーの音に湿った音が混ざる。
 また、何かが倒れた。
 そしてうなり声は静かになっていった。
 君は必死で上半身を起こした。これで何とか周りを見渡せる。
 チェーンソーを持った男は、また紙を見つめていた。
「次はこいつか」平坦な声で言った。そして君を見て「一応連絡するだけでいいか」と言った。男は紙を見ながらチェーンソーを抱えてその場を離れていった。

 君はようやく立ち上がると、周りを見回した。大量の血がぶちまけられている。
 転がっている死体に目をやった。顔の真ん中がない。頭頂部からまっすぐ下へ切り分けていったのだろう。首の途中まで左右二つに切り分けられている。ひげの生えた顔は血で汚れ、眼球は飛び出している。二つになった頭の割れ目からからは白っぽい物質が覗いている。優男も同じように頭が二つになっていた。
 死体の側に1メートル程の鉄パイプが落ちていた。これで君を打ち据えたのだ。
 やったのは後ろにいたひげ面と優男の二人の内のどちらかだ。あの時に聞こえた声からするとひげ面の方だろう。彼等はこうなる事を知っていたのか。全てを承知した上でここに立っていたのか。君はその疑問から逃れる事が出来なかった。ただ、地面に倒れた二つの死体を見つめて、その場に立ちすくんでいた。

「君は人の好意を無駄にするべきではないよ」
 どこからか声が聞こえた。君が顔を上げると、その声の主をすぐに見つけた。
 祠に積み上げられたゴミの中に光を放つテレビが三台あった。大型のテレビが一台、鳥居の前に置かれている。そして小型のテレビが二台、ゴミ山の上に斜めに傾けて載せられている。一台は斜めに傾いており、もう一台は上下が逆さまに置かれていた。
 そのテレビの中に黒い袋を被った男がいた。袋には自分の尻尾を咥えた蛇の絵が書いてある。「君は命を助けてもらったのだよ。あのまま『塩』の前に立って邪魔をしていれば君は確実に殺されていただろう。彼は君を救ったんだ」その声には確かに嘲りの色が混ざっていた。三台のテレビが同じ絵像を映し出している。一台は傾き、もう一台は逆さまになっているが、映し出されている内容は同じだった。
「もちろん、『結果的に』という話だが」
 テレビの中の男は嗤いながら言った。君には返す言葉は無かった。
「君には返す言葉は無い。そして何をするべきか見当がつかない。今となっては高台の家に行く事が正しいのか疑問だ」戸田家の調査が何か意味を持つだろうか。『殺人鬼』が徘徊し、次々と人が殺されている中で、五年も前に起きた事件を探る必要があるだろうか。
「優先順位がおかしいな。先に『水銀』、『硫黄』、『塩』の三人をどうにかした方が良いのではないかな」テレビの中の男はそう言った。
 しかし、何が出来るのか。彼等を止める方法があるのか。話し合いで止めさせる事は不可能だ。「あの三人は耳を貸そうともしないだろうな」それはつまり、『直接的な方法』で止めるしかないという意味だ。「君にそれが出来るかな」三台のテレビからその声が流れ出した。当然だがその答えは決まっている。君にあの三人を止める事は出来ない。『直接的な方法』を使う覚悟の問題ですらない。「そんなボロボロの体で殺し合い等、無理な話か」テレビは言う。「やりたくても出来ないだろう」嗤い声が続いた。

「君は曖昧になっている」
 テレビの中の男は言った。
「君が存在する根拠は曖昧になっている」
 君はその言葉の意味を痛感する程よく理解していた。今、必要とされているのは君ではない。もっと荒事に長けた人物こそが今のこの町に相応しい。
 君は高台のある方向を確認した。「どうやら腹を決めたようだね」出来る事を優先する。「今、君に出来るのは戸田家の調査だ」あの家にはまだ何か秘密がある。君はそれを探り出す。それが君に残された役割だ。「君の役目は全てが終わってから始まる」『今』はまだ終わってはいない。
 
「ほら、どんどん曖昧になっていく」
 その言葉を背にして君はその場から離れていった。
 どこかで鉈を振り下ろす音が聞こえる。
 どこかで銃声が轟いている。
 どこかでチェーンソーがうなり声を上げている。
 君は聞こえない音を聞いた。体が重くなり、鉄パイプで叩かれた背中が痛みで疼いた。
 全てが混沌としている。枠が歪み、境界がずれていく。
                         *
「全てが混沌としている。枠が歪み、境界がずれていく」
 公園の中央に置かれた古いブラウン管のテレビからその言葉が流れるて来た。
「これがお前のやりたかった事なのか?」
 私は努めて平静を装い、感情を表さない声で言った。
「有りもしない絵空事を信じて、こんな大それた事件を起こしたかったのか?」
「でも、予想はしていただろ。だから彼奴をこの町に呼んだんだ。これから何が起こるのかは最初から解っていたはずだ。ただ、あんたが真面目に受け取らなかっただけだ」
 テレビに映し出された男――黒い袋を被っている男は悪びれもせず答えた。
「本気にしなかった私の責任という訳か」
 心の内の苦々しさを隠しながら言った。
「全ては『作者』の意図のままに事態は進んでいくんだ。あんたが何をしようと、それもあらかじめ決められている事の一つなんだよ」
 黒い袋を被った男はそう言うと、嘲りを含んだ嗤い声を上げた。袋に書かれた蛇の絵が生きているかのように蠢いた。
 私は心の中が冷えていくのを感じていた。さっきまであったはずの感情の高ぶりも、苦々しさも、速やかに凍って砕け散っていった。彼とは根源的な所で相容れないのだろう。 何を言っても、どれだけ時間を掛けても、彼とは会話は成立しない。
 それでも私は問いかけた。
「だけど『読者』はどう思うだろうか」
 
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まとめtyaiました【六章】

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