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フィードメーター - 暗黒図書館 -Dark Side Library-

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青い空の下で

七章

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「『読者』はどうするんだ」
 私はそう指摘した。『作者』がいても『読者』がいなければどうしようもない。この二つの存在を引き離すのは難しい。『読者』に読まれる事を意識してない文章とはどういった物だろうか。例を挙げれば日記などのプライベートな文章だ。大抵の日記は読まれる事を前提にしていないだろう。それらは誰の物でもない、『作者』の為だけの文章だ。『作者』が唯一の『読者』である限りそれは守られる。
 だが、他人がその文章を読んだ時、何が起こるか。『作者』と『読者』が分かれれば、文章に込めた意図と、文章から読み取った意図の同一性は崩壊するだろう。
 それはつまり、必ずしも『作者』の意図した通りに『読者』は読んではくれないという事だ。そうした『誤読』は誰にも止められない。例え『作者』本人であってもだ。
「『作者』が全てを支配できる何て事は疾うの昔に否定されている話だ。『誤読』は常に起こる。『読者』は何でも、どれだけでも『誤読』出来る」
 私は古いテレビを見つめ、言った。「極論ではあるが『読者』こそが『真の作者』と言えるのではないか? もしそうなら『作者』の意向など何になるのか。全てはどう読まれるのかという事に係っている。それは『読者』次第だ」

 テレビの中の男は何も言わなかった。公園を満たしていたノイズ音も小さくなっている。
「彼等は間違えた。『読者』を信用し過ぎたんだ。あの兄弟は解っていただろうが、押し止めるだけの力は残っていなかった様だ。まあ、それは自業自得としか言えないが」
 私は続けて言った。
「彼等は『青い毒』から逃れようとした。だが、実際には毒に蝕まれてしまっている。それが今起きている事態の問題点だ。君達がやっているのは世界を救うどころか、毒を撒き散らしているだけでしかない。知っているだけでは駄目なんだ。実感しなくては意味がない」
 そこまで言うとテレビの中の男は囃し立てた。
「よくご存じのようで。何でもお見通しなんですね。ですが、どうしてそこまで言い切れるのですか? あなたはどれだけの事を知っているんですか?」
 私は答えた。
「大抵の事は知っている。戸田宗一が持ってきた日記は、元々私が手に入れた物なんだよ。内容も確かに読んだ。あれは錬金術師の日記だった。その信憑性について惣一と議論した事がある。私は胡散臭いと言ったが、惣一はそうではなかった。ずいぶん熱心に解読しようとしていたな。明確な根拠を示さす事は出来なかったが、それでも日記には真実が書かれていると確信していた」

 私は当時の様子を思い起こした。私が手に入れた日記を惣一に見せた時の事だ。惣一は最初は疑っていたが、日記を読み進む内に疑念を打ち払い真実であると確信していった。何故あそこまで信じられたのか私にも解らない。
 あの日記は『錬金術師の日記』だ。おそらく実行した実験の過程を記録してあるのだろう。『だろう』という曖昧な表現を使うのは、内容が寓意に満ち溢れており、明快なものではないからだ。それが実験の記録と推測できるが、記述してある文章や図形、絵等が何を意味しているのか判断がつかない。私には無意味なものでしかなかった。
 惣一にとってはそうではなかった様だ。彼は日記から何らかを読み取った。そして読み取った解釈を私に熱っぽく語った。私はそれを黙って聞いていた。同意する事も反論する事も出来ない。出来るのは日記に書かれている寓意を解釈するのは無意味だと言うだけだ。しかしそれも無駄に終わるしかない。惣一は読み取った意味の正確さを目指すのではなく、意味を読出していくという行為自体に没頭している様だった。価値のない無意味な物に何らかの意味を与え、価値ある物へと変えていく。それはある意味、錬金術の実践だったのかも知れない。
 そして作者の思惑を超え、次々と新しい解釈を生み出し、更なる高みへと向かう姿は、『読者』である惣一こそが『真の作者』でもあるという事を示しているのではないか。
「解っているんだろう? 『作者』には何の力も権限も無いって事が」
 誰も答えない。ノイズ音だけが公園を満たしていた。

                             *

 君は高台を目指して歩いていた。殴られた背中が疼く様な痛みを生み出している。それにかなりの疲労が体中にしがみ付き居座っている。だが、それでも休む気はなかった。一時でも早く高台の家――戸田兄弟の家――に辿り着かなければならないからだ。それはもう強迫観念の一つだと言っても良かった。すぐ目の前で人が殺されても、何も出来なかったのだ。その時に刻み込まれたのは唯一つ、事件の調査を続ける事だ。これはただの逃避行動かも知れない。しかし、それしか君に出来る事はない。
 
 君は狭く暗い路地を通り抜けていく。それはどこまでも続いている様だ。道の狭さと両側のひしめき合った古い木造の家から突き出しているトタン屋根の所為だろうか、まるでトンネルの中を歩いている様な感覚に捉えられた。それに入り組んだ路地は、迷路かと錯覚させる。この道でよいのか。この角を曲がればよいのか。正しい判断をしなくては目的地に辿り着けない。間違えれば延々と路地を廻る事になるだろう。

 君は公園のベンチに横たわっていた死体を思い浮かべた。あの死体は高台の家の二階にあったはずだ。それが何故公園に移動されたのか。そしてどうやって移動したのか。
 あの時、君は出来る限り早く集会場に引き返していったつもりだった。しかし、君が辿り着くよりも早く公園に死体が移動していた。死体が二つあったとは思えない。服装も同じ。半分爛れた顔も同じ。高台の家にあった死体と公園の死体には違いはなかった。あれは同じ死体だったのは間違いない。
 おかしな事は他にもある。元々死体を発見した経緯だ。階段で始めてあの男に出会った時の事だ。男は君の姿を見るなり二階へと駆け上がり、並んでいる部屋の一つに飛び込んだ。君がその部屋に入った時、死体が一つあるだけだった。逃げた男も死体と同じ服装で同じ顔だった。あれは自殺だったのか。それとも誰かが逃げ込んだ男を殺し、部屋からゆけだしたのか。どちらにしても問題がある。死体の皮膚も流れ出した血も変色していた。死んでから二、三日は経っている様に見えた。間違いなく腐敗が進んでいた。
 君は部屋から消えた方法も、死体を公園へ移動させた方法も重要ではないと判断した。多分、他愛のない方法なのだろう。死体のあった部屋を詳しく調べてはいない。何処かに逃げ道があったとしてもおかしくない。公園への移動も君の知らない、土地の者だけが知っている近道があったのかも知れない。そう言った事柄に拘るのは得策ではない。
 何が見つかるのか解らない。だが、最初に着た時よりもある程度の状況を把握しているはずだ。必要な情報を探し出す事が出来るかも知れない。いや、探し出さなくてはいけない。

 高台への道を登り、頂上付近に辿り着いた。君の目の前には戸田兄弟の家が周りを威圧しながら蹲っていた。周りの家よりも明らかに大きい。おそらく三階まであるだろう。周りの二階建ての家ばかりの中で、頭一つ飛び出している。広さも他の家の二、三倍はありそうだ。外観も他の家とは違い、ほぼ直方体の木とトタンで出来た箱の様な形をしている。君には他と形が違うだけではなく、何とも言えない異様な雰囲気が渦巻いている様に思えた。
 君は頭を振って、そんな思いを振り払った。 彼等に飲まれる訳にはいけない。決して屈服等しない。

 今度は玄関から入った。戸に手を掛けると鍵はかかっていない様だった。引き戸は何の抵抗もなく横へと滑り、暗い屋内を見せた。少し躊躇った後、君は足を踏み入れた。
 一階は始めに着た時にある程度見回っていた。君はブリーフケースからペンライトを取り出すと明かりを付け、辺りを照らしてみた。頼りない明かりだが無いよりはましだ。微かな明かりを頼りに、暗く狭い廊下を進み、部屋を廻って再びその中を確認していった。どの部屋も窓が内側から板で塞がれていた所為で光がは入らず、薄暗くかった。そして更に重苦しさが増す様に感じさせる程に狭かった。
 家具も殆ど無く、人が住んでいる様には見えなかった。しかし、台所と風呂場、トイレ等はかなり綺麗に手入れされていた。実際に使用されていたのだろう。一通り見回っていったが、一階には見るべき物は何も無かった。
 次に君は二階へと続く階段を昇っていった。途中の踊り場にフライパンが落ちているのを見つけた。前に来た時に台所から持ち出した物だ。何故こんな物を手にしたのか、あの時の自分の考えが解らなくなった。護身用にだろうか。空き巣狙いの真似までして入り込んだのにか。これで何をしようとしたのだろう。誰かに見つかったらこれで殴りつけるのか。それではただの強盗だ。無断で他人の家に押し入るのはやましい事だ。見つかったらフライパンで殴りつける。そして逃げ出す。そのつもりだったのか。このフライパンはそんなやましさを明示する証拠なのか。君はフライパンを手に取った。何故だか解らないが。そして君は階段を昇り、二階へと進んで行った。

 二階は一階と比べると単純な構造だ。階段を昇ると左に廊下が延びている。片側には窓――全て板で塞がれている――が並んでおり、一番奥にはあの人物が逃げ込んだ場所、つまり死体があった部屋のドアがある。反対側には襖が並んでいる。部屋が四つある様だ。 君は手前の部屋から調べる事にした。襖に手をやり、ゆっくりと開けていった。中から異様な臭いが流れ出した。薬品の様な臭いだが、何か腐敗した様な臭いも混ざっている。それは実体を持った何かの様に君に纏わり付いてきた。重苦しい臭いをかき分け、部屋の中に足を踏み入れた。
 畳敷きの部屋には、折りたたみ式の細長いテーブルが何台も部屋の四方の壁に沿って置かれていた。そして部屋の中央にも一台あった。窓は他と同じように板で塞がれていた。 テーブルの上には試験管やフラスコ、シャーレや小さな瓶などが所狭しと並べられていた。ライトの明かりでガラスがきらめき、言いようのない異様さを魅せている。それらの中に入っているのは黒い得体の知れない物質ばかりだった。ここに並んでいる試験管やフラスコ等にはどれにもラベルが貼ってあり、そのラベルには七桁の数字と日付が書かれていた。それを見る限り、ここに並んでいるガラスの容器は日付順に置かれている様だった。
「これは……」
 君は思わず声を漏らした。これはおそらく錬金術の実験の結果なのだろう。それを部屋一面に陳列してあるのだ。
「陳列か」
 そう呟いた。そうだ。実験結果を保存してあるだけではない。誰かに見せる為に並べて置いてあるのだ。
 この部屋にはそれ以上の物はなかった。押し入れはなく、家具と言える物も無かった。ペンライトの明かりだけでは限界がある。このまま探索を続けるか、君は少し考えたがこの部屋から離れる事にした。

 君は隣の部屋へ入っていった。ここもさっきの部屋と同じ、ラベルの貼られたガラスの容器がテーブルの上に立ち並んでいた。君はゆっくりと見回したが、役に立ちそうな物は無かった。
 次の部屋には同じようにテーブルが置かれていたが、実験結果のは入ったガラス容器は今までの部屋よりも少なく、半分もなかった。しかし、三十センチ以上のガラス瓶が幾つか並んでいた。中身もそれに比して大きくなっていた。黒い得体の知れない物質には違いないが。
 四つ目の部屋には今までと同じようにテーブルが置かれているだけで、実験結果は並べられてなかった。多分、これから実験が行われる事はないだろう。この部屋にガラスの器具が並ぶ事は無い。一通り部屋の中を見廻すと君は部屋を後にした。

 部屋を出ると、その向かいにドアがあった。他の部屋は襖の引き戸だったが、これだけは別だった。暗い茶色のドアに取り付けられた銀色のノブが、ライトの明かりを受けて輝き、周りから浮かび上がっている。このドアの向こうに戸田宗司だと思われる人物が飛び込んだ。このドアの向こうに戸田宗司だと思われる死体が横たわっていた。今、ドアの向こうには何があるのだろうか。
 君はノブを握るとゆっくりと回し、手前に引いた。だがドアは開かない。鍵が掛かっているのか。君は焦ってドアを少し乱暴に揺すった。するとドアは部屋の内側へと開いていった。君は前に来たときの事を思い出した。あの人物が部屋に入ろうとドアを押して開けた事を。そして内側から本棚が倒され、ドアを塞いでいた事をだ。このドアは部屋の内側へ開く。前は夢中だったからかその事に気付かなかった。

 部屋の中には本棚とそれに入っていた本の他には何も無かった。窓は木の板で塞がれている。押し入れもない。家具もない。もちろん死体もなかった。ライトで部屋を照らして見ていったが隠れられそうな所はない。君は部屋の中へ入って行った。
 床に敷かれた畳に足を乗せた瞬間、君は違和感を感じた。畳の柔らかさと不安定感が足に伝わってきた。歩いただけでギシギシと軋む音がする。君は畳を持ち上げようと縁に指を立てた。しばらく悪戦苦闘していたが、何とか畳を引き剥がす事に成功した。
「何だこれは」君はそう呻いた。床板が殆ど無かったからだ。板は何本か斜めに置かれているだけだ。君は残りの畳も持ち上げた。最初の一枚は苦労したが、残りの五枚は簡単だった。
 床板は全部で七本。幾何学的な図形を描いていた。床板は七つの角のある星形になっていた。手を抜いた訳ではない。板と板が重なる部分が何カ所もあるが、段差が出来ない様に板を削り、丁寧に組み合わされていた。
「七芒星か」
 君はそう呟くと、床下へライトを向けた。そこには斜めに傾いたトタンの板があった。 部屋の奥に向かう程、トタン板が低くなっている。これは屋根だ。屋根の上に部屋が立っているのか。いや、この部屋だけではない。君はこの家の構造を思い返した。外から見る限り、この家には三階がある。しかし、家の中には三階に上る階段はない。それから考えればこの家は元々二階建ての家だった。そしてその上に新しく三階を載せたのだ。
 それで三階への階段が無い事の説明が付く。君はドアを見つめた。このドアは内側に開くドアではない。外側に開くドアだ。元はベランダに出るドアだったのだろう。それを利用して部屋を作りだしたのだ。

 君は床下へと下りた。板の隙間を抜けるのは容易だった。部屋に飛び込んだ男もこうやって抜け出だのだ。あの死体の状況を考えると、何日も前からからここに置かれていたのだ。あの男がこの部屋に逃げ込み、畳を持ち上げ、床下に隠れた。それが答えだ。解らない事は幾らでもある。何故死体と同じ格好をしていたのか。何故この部屋へ逃げ込んだのか。君があの時ここに居たのは偶然だ。あの消失劇も即興で行われたはずだが、何故そんな事をしたのか判断できない。そもそも彼が逃げる理由はない。無断で家に入り込み、色々と物色していたのは君だ。捕まって警察へ突き出されても文句は言えない。
 ライトをトタン板に向けると埃が乱れている部分があった。それは足跡に見えた。ここに隠れたのは間違いない。足跡は壁へ続いていた。ここは一番奥の部屋だ。足跡が向かっているのは家の外に向かう壁だ。ここから外へ出られるのか。ライトを壁に向け調べてみた。縦に板が並んでいる。その板を押すと、簡単に外れた。これは意図的に仕掛けた物ではない様だ。明らかに手抜きの産物だ。一本の釘で留めてあるだけだ。その釘も半分ぐらいしか打ち込んでいない。慣れていないからか、力任せに無理矢理叩き込んだおかげで釘が曲がってしまっている。かなりいい加減な仕事だが、一応板が留められているからか、それ以上手を加えていなかった。
 板を外すと、その向こうにライトを向けて何があるのか確かめた。壁の外にはまた狭い空間があり、すぐ近くに壁があった。そこまで一メートルもない。身を乗りだして上下の様子を見ると、そこは階段の途中である事が解った。開いた壁から三十センチ程差がある。君は壁を抜けて階段へ降り立った。
 これが三階に行く階段らしい。君は下へと下りていった。階段は細く、急な勾配になっている。一番下にはドアがあった。開けようとしたが、開かなかった。今度こそ本当に鍵が掛かっていた。そこは玄関から左側に当たる場所のはずだ。多分、家と家の間にある隙間に階段を取り付けたのだ。それを確認すると、君は上へ上っていった。二階へ通じる戸はなかった。一度折り返し、そのまま三階へ続いていた。上りきった所に白いドアがあった。ノブを回し、ゆっくりと引いてみた。鍵は掛かっていなかった。君は意を決してドアを開いた。

 突然降り注いできた光が目に突き刺さった。君は反射的に目を閉じ、顔を背けた。しばらく顔を手で覆い、目を瞑った。少しして恐る恐る目を開けて周りを見渡した。今までずっと暗い所にいたからか、この明るさに慣れるのに少し時間が掛かった。
 この階は壁等で区分けがされていない。三階全てが一つの部屋になっていた。そして白一色で統一されていた。窓は下の階の様に板で塞がれておらず、部屋の三方の白い壁に幾つも並んでいる。そして床も天井も白かった。
 フラスコや試験管が置かれている実験台がある。流し台が付いている本格的な白い台だった。パソコンが載せられたデスクもある。デスクの横に高さ一メートル程の本棚が置いてある。そして大きなのテーブルがある。二階にあった安っぽいテーブルとは違う白い頑丈そうなテーブルだ。部屋に入るドアのある壁には窓はなかったが、白いスチール製のキャビネットが置かれ残りを埋めていた。中には閉じられたファイルが並んでいる。
 部屋の左の奥の角には窓が無く、大きな白い板が立て掛けられていた。左側の面と奥の面にある板は、高さは天井まで、幅は二メートル近くある。その場所の前には撮影用の照明が二台ある。これは簡易な撮影スタジオの様だ。君は思いだした。確か集会場に実験の様子をプロジェクターで映し出していたはずだ。あれはその為の機材なのか。

 君は捜索を始めた。実験台の上は整理されており、色々なガラスの器具にも何もは入っていなかった。そして薬品の類もどこにも無かった。
 テーブルの上には一冊のファイルと十数枚の紙が置いてあった。ファイルの表紙には『住所録』と記されてある。開いてみると名前と住所や電話番号が書かれた紙が閉じられていた。他の置かれていた紙はメモの様な物だった。
 その中に三枚の黒い紙があった。黒い紙には白い線で記号が書かれている。君にはみおぼえのある記号だった。
 円と十字を組み合わせた様な記号と『水銀』と書かれた文字が記されていた。
水銀改

 裏返すと1,2,3,と番号の振られた人名と住所らしき番地が十数人分並んでいた。それは他とは違い、手書きではなく何かで印刷された物だった。

 大きな円に一本の横線が引かれた図形と『塩』という文字。
塩

 そして裏には同じく番号の振られた人名と番地。

 三角の下に十字が置かれた図形と『硫黄』の文字。
硫黄

 これにも人名と場所が並んでいる。

 あの男達の顔だ。何人も人を殺して廻っている男達の被っていた黒い袋に書かれていた記号だ。 この図形が『水銀』、『塩』、 『硫黄』という言葉を表しているのか。それにどんな意味があるのか解らない。しかし、このリストは殺す順番と場所を記しているのは推察できる。
 三枚のリストを見比べてみると被っている名前はない。三人で手分けしてリスト通りに行動しているのだ。君は三枚のリストを叩き付ける様にテーブルに投げ出した。

 君は他の紙も目を通した。どれもメモの様な物で意味の解らない言葉が乱雑に書かれている。人名や場所が書かれた紙も幾つかあった。多分、これらは順番や場所を決める為に色々と試行錯誤した名残なのだ。選定の基準は解らないが。

 そして『順番と場所は慎重に』とか、『まず、決まっている所から』といった文章の断片がリストの端々に書かれている。『読者の意向を優先して』、『全ては読者が読み取ってくれる』等と書かれていた。『読者』? 誰の事だ? 君は更に読み進める。『読者が私達に真実を語ってくれる』、『作者をよく知るのは読者だけだ』そんな文章が見える。

 君は老人の言った言葉を思いだした。あの集団が信じているのは『神』ではなく『作者』だと。そして戸田兄弟は差程重んじられていなかったとも言っていた。こんな狂信的な集団をまとめるのに、中心的な存在がいないという事があるだろうか。日記を重要視していたらしいが、それだけで集団を一つに出来るだろうか。もしかすると『読者』とは誰か特定の人物ではないか。君はそう思った。日記から『作者』の言葉を読み取る『読者』という教祖的存在が実在しているのではないか。
 君はその考えが正しいのかどうか迷った。今までそんな人物について誰も何も言っていない。『作者』がいるなら『読者』もいる。しかしその実在を匂わせる発言はない。意図的に情報を操作しているのか。集団の外にいる者に知られる事がないように。

 そんな人物がいるのか。君はそれが信じられなかった。見た事もない、誰の話にも出てこない、殴り書かれたメモの中だけに現れた人物の実在を認める事は難しい。『来るべき時が来たと読み取った』、『読者はこれから成すべき事を示した』、といった文章もある。これは今起こっている殺戮を指示したのは『読者』と呼ばれる人物だと言う事を示している。だが、そんな力を持った存在について語った者は誰もいない。
 君は別の方向から思考を進めた。彼等の事。あの集団の教義についてどんな事を知っているのか。そして君は直ぐに結論を下した。何も知らないと。教義だけではない。組織の構成も知らない。誰が何をやっているのか君には知る由もなかった。
 これは信じるか、信じないか、といった問題らしい。『居る』という証拠もないが、『居ない』という証拠もない。思考を巡らすだけでは解決しない。更に探索を進める必要がある。

 君はパソコンが置かれたデスクの前に立った。横には小さな本棚が置かれている。中に並べてある本はどれも錬金術関連の物ばかりだ。それらは最近出版されたらしく、どれも新しい本だった。題名も全て日本語で書かれていた。古書の類は一冊もなかった。君は『日記』がないか本の背を目を凝らして見つめたが、それらしき本はなかった。
 デスクに目を移すと、そこには液晶ディスプレイとその横にスリム型のパソコン本体が置かれていた。そして小型のプリンターも置いてあった。テーブルの上にあった黒い三枚のリストはこれで印刷されたのだろう。そして、透明なケースに入れられたディスクが数枚積んで置かれていた。ケースには『実験』という文字とそれに続く数字、そして日付を書いたラベルが貼られている。
 君は一番上のケースを手に取った。日付は三日前になっている。これは何だろうか。『実験』と記されている所から、彼等が行っていた錬金術の実験に関するデータらしいと推測出来る。これを見る為には。君はパソコンの電源スイッチを押した。パソコンは立ち上がり、ディスプレイが光を放った。しばらくするとログインの選択が表示された。アカウントは三つあり、その内二つにログインするにはパスワードが必要だった。『ウロボロス』というアカウントと、『読者』というアカウントだ。また『読者』か。君はどうするか考え込んだが、パスワードが分からない以上どうする事も出来ない。残りの『ゲスト』というアカウントはパスワードは要らなかった。君はそのアカウントを選んだ。

 ディスクをドライブのトレイに入れ、スイッチを押した。ディスクはトレイと共にパソコン内に引き込まれる。そしてパソコンの操作を続け、ディスクに書き込まれたデータに辿り着いた。中には動画データが一つあるだけだった。君はそのデータをダブルクリックした。プレイヤーが立ち上がり、動画が動き出した。

 白い壁の前に置かれた椅子に男が座っている。場所は部屋の角にある簡易スタジオだろう。君はスタジオに目を向け、直ぐに画面に戻した。画面の中で座っている男の顔に見覚えがあった。間違いなく戸田宗司だ。彼は青いストライプのシャツを着て、紺のスラックスを穿いていた。その服も見覚えがある。二階の部屋にあった死体。そして公園に移された死体。その死体が着ていた服だ。
 流れる動画は無音だった。プレイヤーの音量を上げてみたが音は出ない。システムのミキサーも、スピーカーをチェックしたが異常はなかった。

 宗司は緊張しているからか、時々座り直していた。それ以外はずっと前を――カメラの方を見つめていた。動画はその様子を映し続けている。
 君はこれから何が起こるのか悟った。
 画面の中の宗司がカメラから視線を外した。左側に顔を向け、そちらを見つめた。
 三人の男が画面には入ってきた。皆、黒い袋を被っている。
 袋にはあの記号――『数銀』『硫黄』『塩』の記号が記されている。
 その内、『水銀』と『硫黄』が宗司の両隣に立った。
 『塩』が前に立ち、手を上げた。その手にはナイフが握られていた。
 あのナイフには見覚えがある。
 宗司はその様子を見つめていた。その顔に何の表情はない。
 『塩』はカメラと宗司を交互に見て、何かを指示していた。
 『水銀』と『硫黄』が宗司の座っている椅子を少し斜めに向けた。
 『塩』はナイフを宗司の胸に翳した。そしてカメラの方を向いた。
 準備は調った様だ。
 『塩』は右手でナイフを握り締め、底に左手を添えた。
 そして腰の辺りで構えた。
 狙いを定め、一気に突き刺した。
 
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まとめtyaiました【七章】

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