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フィードメーター - 暗黒図書館 -Dark Side Library-

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青い空の下で

一章

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 君がこの町に降り立った時、どんな気持ちだったろうか。
 ほとんど家はトタン屋根の木造建築だ。古びていて家と言うより小屋と表現した方が正確だろう。軒先には粗大ゴミなのかわからないガラクタが積まれており、雑然としている。辺りを見渡しても同じような家が隙間無く立ち並んでいる。それに異様なほど静かで、人の居る様子がない。まるで廃墟のような町だ。君はそんな町にいる。

 君には廃墟のような風景より先に気に掛かる事があった。空だ。雲一つ無い青い空だ。今は夏。空の青さが最も際立つ季節だ。それでも、その青い色は毒々しい感じさえ与えるほど青い。そんな空が上から覆い被さり、地上を押しつぶすかの様に圧迫感を放っている。君はそれをはっきりと意識した。

 君は手に持っていた茶色い革のブリーフケースに目を落とす。これから行く所、やるべき事を考えると気が重くなる。君は目的地の場所を書いた地図を取り出して目を通す。地図を見る限りこの町は迷路の様に込み入っている。目指す場所までの道のりは遠そうだ。

 君は古びた迷路の町に足を踏み入れた。自動車が通れないほど路地は細く、両側には小さな家がひしめき合っている。家の壁はどれも、時を窺わせるほど黒ずんだ木の板張りで、玄関はガラスの引き戸になっている。道路も整備されているとは言い難い。所々に雑草が生えている。古色蒼然とした家並みは何とも言えない雰囲気で辺りを覆っていた。それだけではない。空から降り注ぐ光が影を強調し、路地の屋根と屋根の間から覗く青い空との対比が、家並みを更に暗く見せている。
 路地も複雑で、地図があっても迷いかねない。君は目的地を知っている人は居ないかと見渡すも人気はない。並んだ家の戸のガラスも窓も割れたままになっている所がある。中には粗大ゴミらしい冷蔵庫や古いブラウン管のテレビ、自転車などを積み上げている家もある。

 この町には誰も住んでないのか。君がそう考えていた時、並んだ家の中の一軒から人が出てくる所を見た。草臥れた紺色の作業服を着た、白髪を短く刈った老人だ。七十歳位で背は低いが、がっしりした体格は年齢を感じさせない。皺の刻まれた顔は四角に角張っており、その目つきは鋭くしっかりとしたものだった。
 老人は君に気づいた。一瞬君を睨み付けたが、すぐに普通の表情に戻った。それでも不審そうな顔で君を見つめていた。知らない人間がうろついていたなら当然だろう。しかし君にとっては重要な案内人だ。ここは穏便に行くべきだ。
「すいません。ちょっと道を教えて欲しいのですが、いいですか?」
 と君は言った。できるだけ友好的に、心からの笑顔を浮かべて続ける。
「戸田という人が住んでいる所なんですが……」
 君がそこまで言った時、老人の態度が悪化した。老人は君を睨み付け、怒りをあらわにしていった。 
「あんたは戸田とか言う奴の知り合いか?」
 老人は不信感を隠そうともせずに言った。老人の顔は嫌悪で歪んでいた。
 その態度に君は動揺した。『戸田』という名はここまで嫌悪の対象になっているのか。
 いったい何をやらかしたのか。
「いえ、知り合いではありません。戸田の身辺調査のためにここに来たんです。彼の関係者ではありません」
 君は誠実に、老人を刺激しない様に釈明した。ここで嘘を付くべきではない。君は戸田の身辺調査をするためにここまで来たのだ。君はそれを老人に訴えた。
 老人はまだ用心していた。だが道を教えてくれる気になった様だ。
「そこなら向こうの高台の上だ」老人は目的地への道を教えてくれた。持っていた地図に詳細な道順を書き込んでもくれた。しかし、老人は君を信用した訳では無かったようだ。「あんたは何しに行くんだ? あの変な集会に行くのか?」
 老人の言葉に君は困惑した。集会とは何の事だ?
「集会とは何ですか?」
 君は戸田の調査のために少しでも情報を集めておきたかった。
「詳しくは知らねえ。何時も公園に集まって奴の説教を聞いてた奴らだ。今は追い出されたようだがな。」と老人は言った。
「どんな説教なんですか?」
 君の言葉に老人は苦々しく答えた。
「何でも、空の青は毒だとさ。奴らは空にある青色は地上を駄目にする毒なんだと信じてやがる」
 君にはその思想が理解できなかった。多分、大雑把な説明なんだろう。詳しく内容を聞かないと解らないという事か。
「その集団を嫌っていらっしゃるようですが、何か問題があったんですか」
「問題ねえ」老人は呟くように言った「奴らが来てから何もかもおかしくなっちまった。上手くいかなくなったんだよ」
 老人はこれ以上話すつもりは無かったのだろう。ゆっくりと君から離れていった。
 君は老人を呼び止める。気になる事があったからだ。
「ちょっと待ってください。最初に会った時、何で睨み付けたんですか?」
 老人はゆっくり振り向いて言った。
「あんたが戸田によく似てるからだよ。戸田の奴もあんたと同じ茶色い鞄を持っている」
 そして老人は歩いて行った。

 君は老人に教えてもらった道順を辿って戸田の居場所に行こうとしている。幾つかの路地を通り、幾つかの横道に入り、迷路ののような町をさまよった。周りの風景も代わり映えのしない似たような家並みだ。夏の日が強く照らすほど路地は屋根の影に入り暗くなる。それに対比して空は明るくなり、青い色は更に青くなる。それは君の思い込みだろうか。
 突如、君の右手に開けた空間が現れる。幅が数メートル程のちいさな公園だ。それでも遊具がある。滑り台にブランコ、シーソーに砂場など、必要なものが揃っている。入り口も自動車が入らないように車止めが刺さっている。君は公園に目を向けるが、中には誰もいなかった。君は公園で休憩する事にした。
 君が公園に足を踏み入れた時、高台の存在に気づいた。今までの細い路地の中では家の蔭に隠されていて見えなかったのだ。高台の一番上に辺りより大きな家が見えた。君は地図と照らし合わせてみると、その家が目的地、戸田の住む家だとわかった。
「ここから近いのか」君は呟いた。
 君は休憩を中止し、更に歩き続けた。しかし、目的地は見えているのになかなか近づけない。迷路のような路地が簡単に近づけようとしなかったのだ。
 だが、終わりは必ず来る。高台を登り、目的地である戸田の住む家に辿り着いた。
「ここからが本番だな」
 この家は他の家に比べてもかなり古く、大きな三階建てになっている。玄関も引き戸ではなく普通のドアになっていて他の家とは何処か違っている。
 君は戸田の家の玄関に立つとチャイムを押した。なんの反応もない。もう一度チャイムを押すがやはり反応がない。君は玄関のドアを叩き、大声で戸田を呼んだ。
「すいません。戸田さんはご在宅でしょうか。返事をしてください」
 これで反応が無ければ更に続けるつもりだ。
 反応は有った。君はドアの向こうから物音がするのを聞いた。だがそれ以上何も起こらない。君は更に呼びかけた。
「戸田宗一さんですか。あなたに尋ねたい事が有るのですが、お話を聞かせてもらえませんでしょうか」
更にドアの向こうで物音がする。しかし、それだけだ。もう一度呼びかけようとした時、中から返事があった。
「誰だ」
 短い返事が来た。
「戸田宗一さんですか。私は五年前の事件を調べている者です。あの事件についてお話を伺いたいのです。少し時間の貰えませんでしょうか」
 君は呼びかけた。
「話す事は何もない。あの事件は終わった事だ。」
 素っ気ない返事だ。君は自分のミスを悟った。やり方が強引すぎたのだ。何時もならこんな間違いを起こさないのに。いったいどうしてしまったのか。
 「そうですか。それではこれで帰ります。何か話したい事があったら連絡をください。お願いします。名刺に連絡先が書いてあるのでそれを見てください。名刺は郵便受け入れておきます」そう言って名刺を名刺は郵便受けに入れた。

 君は公園まで戻っていた。ベンチに座り、これからの事を考えていた。戸田との接触は完全に失敗した。戸田は君に不信感を持っただろう。彼が五年前の事を話してくれるだろうか。それは疑わしい。しかも話す内容は誰にも言いたくない事だろう。
 君はブリーフケースに入れた手記を取り出す。そして、その手記をもう一度読み返した。
 この手記は『私』が五年前に起きた事件について述懐する、という体裁になっている。
 君は手記に書かれた事件を調べてみた。簡単に説明すると次のような事件だ。
 
 五年前の朝、あるアパートの一階のドアが開きっぱなしになっているのを管理人が見つける事から始まる。中を覗いてみるとドアの前に首のない死体が転がっていたのだ。この部屋の借り主は戸田宗司と言う人物で、古い大きな家にいた宗一の双子の弟だ。警察はその部屋から幾つかの薬品が発見する。そのほとんどは硫酸だった。この発見は事件に別の側面を与える事になる。当時、その近辺で通り魔が出没していたのだ。その手口は夜にすれ違いざまに硫酸を掛けられるというものだった。手がかりはあった。犯人が落としたと思われる薬品の瓶が見つかり、しかもその瓶には指紋が付いていたのだ。その指紋と被害者の指紋は一致した。部屋にあった指紋も被害者の指紋だけで、他人の指紋は一つもなかった。被害者の身元は兄である宗一が確認した。この死体は宗司に違いないと証言したのだ。警察もそれを信じ、捜査に当たるが未だ事件は解決していない。

 この事件は、新聞や週刊誌といったメディアでもこの事件は取り上げられ、色々と騒がれていた。それらを見ても分かるのは、戸田宗司は無差別に硫酸を掛ける通り魔であるという事だけだ。通り魔にあった人の復讐か、全く関係ない理由で殺されたのか分からない。

 しかし、手記にはどんなメディアでも報じられなかった事が書いてある。
 首のない死体は後藤惣一という人物だと言うのだ。
 後藤惣一を殺し、戸田宗司の死体に見せかけている。
 惣一の死体を宗司だと証言した戸田宗一もこの偽装に一枚噛んでいる
 惣一には身寄りがなく、天涯孤独の境遇だった。彼の死を確認できる者は誰も居ない。
 指紋も偽装されたものだ。宗司は惣一に部屋を又貸ししていたのだ。指紋が部屋にあったのも、その所為だという。犯行現場に落ちていた薬品の瓶も警察の目をそらす工作だ。

 つまり、通り魔である戸田宗司はまだ生きている。

 これが手記に書かれている主張だ。
 君はこの主張に同意していない。警察がこの偽装に気づかない訳がない。死体を他人と間違えるだろうか。それに証拠がない。
 君はこの事件を調べるためにこの町まで来た。それが君の仕事だからだ。
 最初に、被害者の兄である戸田宗一に話を聞こうとしたのだが失敗してしまった。
 いきなり最初からつまずいたのだ。
 君はベンチに座り直し、これからどうするか考えた。 まず、できる事は近隣の住人達に戸田について聞いてまわる、か。他に何かあるだろうか。君はそこで思い出した。道を教えてくれた老人が言った『集会』の事だ。戸田宗一が説教をしていたという集団に近づく事ができるだろうか。そこから何か情報を集められないか試してみるのも悪い方法じゃないかも知れない。君はそこまで考えてその手段を保留とした。悪い方法じゃないかも知れないが、良い方法でもない。老人の態度を見る限り、その『集会』はまともな集団とは思えない。近づくのは危険かも知れない。やはり地道な聞き込みか……
 君はそう結論づけるとベンチから腰を上げた。ブリーフケースに手記を入れると空を見上げる。空が一段と青くなっているように感じる。辺りは静かだ。物音一つ聞こえない。この静けさが不安を煽っているようだ。そして言いようのない焦りがある。君は空から目を離すとちいさな公園を出た。

 その時、君は幾人かの人達が近づいているのに気づいた。
 路地の反対側からも何人か近づいており、その数はどんどん大多くなっている
 路地の両側から人が次々と人が集まってきている。
 公園は一本道の路地の片方にあり、その向かいに辺りより大きな家が建っている。逃げ道はない。君は二つの集団に囲まれていた。
 集団には性別、年齢などに何ら共通性がない。それぞれ関係のない個人が集まっているだけのように見える。だが人数が多い。今から何か始まるのか。君は自然に身構えていた。二つの集団は無言で立ち並び、君に近づかずこうともしなかった。ただ、少し離れた所から君を見つめているだけだ。それは異様な雰囲気を放っていた。
 少しして、集団の中から三人の男が君に向かって歩いてきた。右から一人、左から二人だ。彼等はみんな体格が良く、争い事になれば君に勝ち目はないだろう。
 これからどうなるのか。君は焦りを感じていた。
「お待ちしておりました。どうぞ集会場にお入りください」
 三人の内の一人、赤い服を着た男がそう言った。
 君は少し拍子抜けした声で聞き返した。
「待っていた? 誰かと間違えているのでは……」
「分かっています。あなたの事は全て分かっているんです。ですから取り敢えず集会場にお入りください」
 赤い服の男は君の疑問をさえぎり、集会場に行くよう強く薦めた。
 君は今の状況を吟味した。集会場に行くべきかどうか。かなりやっかいな事になっている。関わるべきではないだろう。しかし断ればどうなるのか。
 路地には人が集まっていた。さっきより増えている。君は覚悟を決めた。
「分かりました。行きましょう」君は言った「それで集会場というのは何処ですか?」
 赤い服の男は笑顔で答えた。
「ここですよ。」
 そう言って公園の向かい側にある大きな家を指さした。


                                   *


 私は今まで書いていた文章を読み返した。
 『君がこの町に降り立った時、どんな気持ちだったろうか。』この一文から始まる文章は素人くさいものだ。書いた私にもそれが分かる。しかし書き上げなくてはならないのだ。誰でもいい、伝えなくてはいけない事がある。
 五年前の事件の事もだ。私はあの事件の真相を知っている。殺されたのは後藤惣一で殺したのは戸田宗一と弟の戸田宗司だ。
 私は彼等がこの町にいるのを知っている。彼等がやろうとしている事もはっきりと分かっている。止めるのは無理だろう。知るのが遅すぎたのだ。おそらく戸田兄弟でも止められないだろう。今の私にできるのは、これから起こる事を書き留めるだけだ。

 私はベンチから立ち上がると公園を見渡した。滑り台にブランコ、シーソーに砂場。そして公衆トイレ。公園に必要なものは全て揃っている。場違いな物は古いブラウン管のテレビだけだ。公園の真ん中に置いてある。アンテナや電源のコードが付いてない映るはずのないテレビだ。だがこれから必要になるだろう。
 ここは私の公園だ。私は何時もここに居る。

 私は戸田宗一の家……いや、戸田宗一の工房のある所を見る。ここからでは家の蔭になって工房自体は見えない。だが、それでも私は見つめていた。彼等は迂闊だった。本当に恐ろしいものが世の中にある事に気がつかなかった。もちろん知ってはいたが、実感していなかったのだ。実感出来るかどうか、それが人の認識のずれとなっている。認識のずれは意思の疎通に重大な不都合をもたらす。認識の違う者同士の会話は成立しないのだ。
 言葉はそれぞれの人が同じ意味や概念を持っているという前提の上で成り立っている。だが、その前提は本当に証明できるのか。実際、戸田兄弟には伝わっていなかったのは間違いない。それがこの事態を引き起こしたのだ。

 苦々しい思いを抱きずつ、私は空を見上げた。雲一つ無い、どこまでも青い空だ。今は夏とは言えこの青さは異常だ。これは毒々しいと言えるほどだ。
 私は、そんな毒々しい青い空が上から覆い被さり、地上を押しつぶそうとしている様な感覚に襲われた。空の青色は毒の色だ。空には青い毒がいっぱいに詰まっている。そして青い毒は地上に流れ落ち、空の下にある物を全て蝕んでいく。私はそれを実感していた。

 しかし、これだけはやり遂げなくてはいけない。
 ここまで事態が進んでしまっては止める事は出来ない。全てが動き出し、崩壊への道を走り出している以上、もう手遅れなのだ。
 だが私は書き続けるつもりだ。今の私に出来るのはそれくらいだからだ。書き記す事はいくらでもある。そして私は彼等の近くにいる。戸田兄弟の行動はある程度分かっている。これからどうなるか予想は出来る。

 私は自分が笑みを浮かべている事に気づいた。その笑みは次第に大きくなり、はっきりとした笑いへと変わっていった。心の底から浮かび上がった笑いだ。
 私は再び空を見上げ、睨み付けた。逃げるつもりはない。最後まで抗うのだ。
 その為の手記だ。私の力で書き上げる事が出来るのか、それはわからない。
 私は笑い続けていた。しかし自分の笑い声が聞こえない。私は本当に声を上げているのか。私の公園には静かな笑い声が満ちていた。
 私がやろうとしている事は、戸田兄弟がやろうとしている事と同じだ。世界に覆い被さる空の青い毒に対抗しようというのだ。その事実が更に笑いを誘った。

 それならそれでいいだろう。私は書き上げる。大いなる作業を成し遂げる。無謀な事だとしても私は諦めない。必ず成し遂げてみせる。
「無謀な事をするのは趣味じゃ無いんだけどな」
 と私は言った。
「そうでもないさ」
 と古いブラウン管のテレビは言った。
  
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