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フィードメーター - 暗黒図書館 -Dark Side Library-

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青い空の下で

二章

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 君は公園の向かいの家にいた。中に入った時、君はその広さに驚いた。この家は周りと同じように古びているが、大きさは他の家とは段違いだ。しかも全ての壁や扉を取り払っている。何本もの柱が不規則に並んでいるが、これは大広間と呼んでいいのではないか。
 玄関の向かいに柱の少ない場所がある。おそらく広い部屋だったろうその場所の壁には白いスクリーンが壁一面に張られており、天井には白い物が取り付けてあった。おそらくプロジェクターだ。どこかの会議のプレゼンテーションみたいに、これを使って説教するのだろうか。
 君家の内部を観察していると、先ほどの赤い服の男が奥からやって来た。
 その手には何か大きな封筒を持っている。原稿用紙が余裕で入れる事が出来るくらいの大きさだ。男はそれを大事そうに持って君に向かってきた。
「お待たせしました。少し手間取ってしまいまして。実はあなたに渡さなくてはいけない物があるんです」
 赤い服の男はそう言った。彼は先ほど名前は水野勇と名乗った。
 君は目の前の人物を改めて観察した。赤い服と言っても普通のポロシャツだし、普通のジーンズをはいている、体格が良さを除けば、これと言った特徴がない人物だ。
 だが、どこかか他の人とは違う雰囲気がする。君に纏わり付き、飲み込もうとする気配がある。君はその気配を打ち払うように出来るだけ毅然とした態度で言った。
「私に渡す物ですか? 誰かと勘違いしてるのではないでしょうか。」続けて「私はあなた方とは何の関係もありませんし、何かを受け取るような事も無いでしょう。」と言った。
「ええ、その事はもちろん承知しています。私たちはあなたとは何の関係もありません。ですが、これは既に決められた事なんです。あなたがこの町にいらっしゃった時に決まった事なんです」
 水野は淀みなくはっきりとした口調で言った。君にも解ったはずだ。選択肢が無い事を。今、この家には君と水野しか居ない。他の人達は家に外で待っているのだ。
君だけが招き入れられたのだ。ここで何か起こっても誰にも知る術はないだろう。
 君はその事に気づくと、手に冷や汗がにじんでくるのを感じた。彼等がどんな集団か知らない。君は道を教えてくれた老人を思い出した。彼の集団に対する態度は、さすがに友好的だとは言えない。あれは悪意すら感じる物だった。この状態で彼等に逆らうのは賢明ではない。
「分かりました。受け取りましょう。」君はそれだけ言った。
「そうですか。あなたが正しい行いをするのは、我々にとっても喜ばしい事なんですよ」
 と彼は答えた。その言葉は嘘偽りのない真摯なものだった。
 君は彼から大きな封筒を受け取り、ブリーフケースに入れた。

 君は胸に抱いていた疑問を聞く事にした。
「幾つかお尋ねしたい事があるんですが、よろしいでしょうか」
「はい。良いですよ。私に答えられる事なら何でも聞いて下さい」
 水野は丁寧な口調で答えた。
「この集まりはどういったものなんでしょうか? 今も外にいる人達は全員この集まりに関係しているのですか?」
「私達の集まりには特に名前は無いのです。みんなは『集会』と呼んでますが、それは便宜的なもので正式な名前ではありません」彼は続けて言った。「もちろん外にいる人達もこの『集会』意義に賛同した仲間です。彼等は自分の意思で『世界の意思』の存在を確信した人達なのです。」
「『世界の意思』ですか。その『集会』というのは、宗教団体なのですか?」
「いえ、正確には違います。とは言っても周りからはそう見られているんですが……」
 そう言って、彼は苦笑した。君はその台詞を受けて言った。
「正確には違うと言われましたが、具体的にはどのような活動をなさっているんですか。」
 水野は即答した。
「世界を完全な姿に戻す事です」
 君はその言葉を冷静に聞いた。どんな法螺話が出てくるか覚悟していたのだ。
「どうやって世界を変えるのですか?」
「錬金術を使って世界を元の姿に戻すのです」彼は続けて言った。「錬金術というと世間一般では金を作り出す方法だと思われています。中には魔法などと混同している人もいるくらいです。本来の錬金術とは自己を律し、修練を続ける事で自らを高めていく技術なのであって、それ以外の何物でもありません」
 彼は更に言った。
「錬金術はあらゆる存在を高みに登らせる技術です。金も高みへと登らせる作業の副産物でしかありません。銅などの卑金属を金という貴金属へと、その存在を高める為に作業は行われます。ですが、その目標は人間を更に高めて完全な人間となる事であり、、世界を高めて完全な姿へと戻していく事なのです」
 君は水野の台詞を黙って聞いていた。錬金術云々というのは知っている限りでは他にない。しかし、少しの違いがあっても他の新興宗教団体と、どう違うのか判然としない。そんな君の思考を読んだかの様に、彼は言った。
「あなたが受け入れないのは仕方がありません。私も師匠に会わなかったら今ここに居なかったでしょう。それだけ難解な思想なのです」
 君はすかさず問いかけた。
「師匠はどんなお方なんですか?」
彼は平然として答えた。
「師匠の名前は戸田宗一と言います。本来、私達の『集会』は全ての者は平等に扱われますが、最初に『集会』を呼びかけた彼だけは特別に師匠と呼んでいるのです。師匠は私達に思想を教え、更なる高みへと導いてくれる唯一つの存在です」
 君は困惑を覚えた。なぜここで戸田宗一の名が出てくるのか。
「その戸田という人は、よくこの家に来るんですか?」
「いいえ、師匠はこの家にいらっしゃいません。最初の頃は人々に呼びかける為にこの辺りまで来られたのですが、今では工房に閉じこもったままです」
 そして奥の壁に張られたスクリーンの方を向いた。
「最近は実験の様子をあのプロジェクターでライブ放送を映し出したり、教えを説いたりなさっています。」
 君は老人が道順を書き込んだ地図を見せた。それには君が接触しようとして失敗した戸田の家が示されている。
「師匠の工房とはこの家ですか?」
「そうです。確かにこの場所に工房はあります。」
 君は老人の言った言葉を思い出した。戸田は何かの集会を率いていると言っていた。ここがその集会か。始めは情報を集める為に集会と接触しようと考えた。だが今では接触どころではない、集会のど真ん中に放り込まれたのだ。
「師匠についてお聞きしたいのですが……」
「師匠のプライベートな事は私も知りません。私達の集会では個人的な事は話しませんので、誰も知りません」
 あっさりと斬り返された。
 君は老人が言っていた事を思い返していた。彼との会話の中から気になる事を聞いた。
「青い毒とは何ですか」

 水野は渋い顔をした。君は必ず聞き出すつもりになっていた。老人の口ぶりからすると、この集会にとって何か重要な事らしいからだ。
「この話が出るのは分かっていましたが、実際に説明を求められると困りますね」
 彼は顔を歪めたまま言った。
「決して言いたくない訳ではありません。むしろ広めて欲しいくらいです。ただ、その説明にはかなりの時間が掛かります。簡単に言えば余計な誤解を生むだけです」
 君は水野を見た。顔の表情はさっきまで渋く歪んでいた。だが、今ではそんな様子はない。口元に少し笑みが浮かび、目は何かを期待するように君を見つめている。あの歪んだ顔は君の気を引く演技だったのかと思わせた。彼は君を飲み込もうとしている様だ。
「青い毒とは空の色の事です。この地上――世界に覆い被さる空を表している言葉でなのです。青い毒は空に溜まっていき、次第に重さを増してきます。そして世界を押しつぶし、地上を蝕んでいくのです。空の青さはどれだけ世界が毒の浸食を受けたのかを示すものなのです。青い毒に世界の全てが蝕まれたとすれば、それがこの世が終わる時です」
 君には彼の顔に浮かんでいるものが解った。あれは優越感だ。水野は君に理解してもらおうとはしていない。それどころか理解できないだろうと思っている。彼はこう言いたいのだ。おまえには理解できないだろうが、自分は正しく理解していると。
 君は状況を見直してみた。水野からはこれ以上有益な情報は得られないだろう。ならば何時までもここに居る必要もない。もう一度戸田の住んでいる高台に戻るべきだ。今度はもっと荒っぽい手段に出る事になるかも知れないが、他に打つ手段はない。君はそう決めると彼に話しかけた。
「取り敢えず聞きたい事は全て終わりましたので、これで失礼させていただけませんでしょうか?」
「そうですか。それではこれでお別れしましょう」
 彼はあっさりと言ったが、まだ話足りないような表情を見せた。
「私はこの出会いを運命だと思っています
 彼は言った。
「この集会も月に二、三回あるだけです。頻繁に行われてはいません。それなのに集会が行われる日と時間に、あなたはこの集会場の前にいらっしゃいました。そして封筒を受け取るのに相応しい資格を持っておられた。これが運命でなくて何でしょう」
 君は回答に詰まった。これにどう答えればいいのか。それに相応しい資格とは何だ。
「いえ、私はただ公園にいただけでそれ以上の意味はありません」
 君は戸惑いながらそう言った。
 彼は不思議そうな顔で君を見た。そして言った。
「この辺りには公園は一つもありませんよ」

君は水野の言葉を理解できなかった。公園ならこの家の向かいにあるだろう。それが無いとはどういう意味か。水野の顔をもう一度見た。何の迷いもない目で君を見つめ返している。嘘を言っている訳でもないようだ。その表情も優しく微笑を浮かべていた。これには君も再び戸惑いを覚えた。
「ですが……」
「公園はありませんよ」
 彼はきっぱりと言った。
 これは触れてはいけない事なのか。
 彼は優しく微笑んでいる。君はその笑みに何か恐ろしいものを感じた。これ以上踏み込んではいけない。そう判断した君はその場を辞退する事にした。
「それでは、これで失礼します」
 そう言って集会場から逃げ出すように飛び出した。
 しかし、君は逃げ切れた訳ではない。
 外には『集会』に集まった人達が、君が来るのを待っていたかのように整列して立っていた。おそらく百人以上いるその人達はみんな普通の姿で、年齢も性別も偏ってはいない平等な集団に見えた。しかし君は彼等から不気味印象を受けた。全員君に目を向けていた。いや、公園から目を逸らしているのだ。
 君はブリーフケースをしっかりと抱えその場から立ち去った。
 どうも最初に考えていたよりもやっかいな……いや、危険な事態に陥ってしまったのではないか。君はそんな思いに囚われていた。

 今は何時なんだろう。そんな思いが君の頭をよぎった。この町に来てからかなり時間が経ったはずだ。腕時計を見ると針は十一時二十五分を示していた。上を見上げ更に青くなった空を見つめた。太陽の光も強くなり、細い路地は影に沈んでいる。もう辺りは黒く塗りつぶされ、頭上には毒々しい青い線が道のように走っていた。君はもう、自分が地面に立っているのか解らなくなっていた。君がいる所が暗い空で、青い道こそが本当の地面ではないか。
 君は頭を振った。もう一度腕時計を見る。やはり十一時二十五分だ。この町に来てから時間はほとんど経っていない。時計が止まっている。電池切れか、壊れたのか。何か他に時計はないのか。君は暗い路地を見渡すが、それらしい物はない。それでも君は辺りを見回し、時計を探した。だが見つかったのは古い冷蔵庫やブラウン管のテレビといった粗大ゴミの中にある壊れた振り子時計だけだ。その時計も十一時二十五分で止まっていた。いったいどうなっているのか。ただ今が何時か分からないだけじゃないか。それだけの事で取り乱すとは。君は更に辺りを見渡す。時計はどこにあるのか。君は今見ている路地の風景を以前に見たような気がした。そうだ。ここは。
 君は現実に引き戻された。

 この路地は戸田の家のある高台に続く道だ。君は思い出した。確かにこの路地を通ったはずだ。心を落ち着かせながら地図を取り出し周りと見比べた。間違いない、この道だ。
 君の行くべき場所は既に決まっていた。水野の言葉を思い出す。彼は運命だと言っていた。これもそうなのか。君はまるで何かに導かれているような状況にどう対処するべきか迷っていた。
「運命か」
 そう呟くと、君は戸田の住む高台の方へと歩き出した。

 目的地である戸田家の近くまで来た君は、まず家の様子を窺っていた。辺りを見渡せばここは平らな周囲から飛び出した小山の様な所だ。坂にも隙間無く家が建ち並んでいて、この小山を覆い尽くしている。そんな小山の一番上に戸田家がある。
 君は何か分からないが、確かに違和感を感じた。戸田の家は周りの家より一段と高く、目立っている。見た限り、他の家が平屋か二階建てなのに比べて三階以上はある。外観は他と同じトタン屋根の木造建築だが、増改築を重ねた様な歪な形をしている。それが高台の頂上にあるのだ。おそらくこの家からなら町を見渡す事が出来るのではないだろうか。 君は戸田に気付かれないよう身を隠しながら、これからの行動に考えを巡らしていた。 そんな時。ふと、ブリーフケースに入れておいた封筒の事を思い出した。集会場で水野から手渡された封筒だ。今は関係ない事だとは言え、それに気づくと中に何が入っているのか段々と気になってきた。君は封筒への好奇心が抑えられなくなっていた。
 ブリーフケースから封筒を取り出し、中を覗いてみた。入っていたのは左上を黒いグリップで挟んだ数十枚の原稿用紙だった。君はこの町に来る原因になった手記を思い出した。あれと同じだ。原稿には何か書いてある。これも手記なのか。
 君は手記を見た。この手記も全て手書きで書いてあった。その文字は崩れた所が無く、丁寧でしっかりとしていた。書いた人の性格が解るようだ。

 君は手記を読んでいった。

                                   *

 私は原稿を見直していた。まだ必要な事を書いていない。これではとても充分だとは言えないのだ。描写も薄く、状況がはっきりと解らない。大体「廃墟のような町」というがここが何処なのか説明がまったくない。確かにここが何処であるか関係ないだろう。それでも最低限の説明は必要だ。ここは私が付け加えるべきだ。

 元々ここは海から少し離れているが広い平地がある農村だった。それが石炭の発見により昭和初期まで炭鉱町として発展していき、多くの工場や家屋が建てられていった。海に近いという立地条件が幸いして石炭の加工工場以外の工場も次々と建てられた。こうして町は更に繁栄していったのだ。この時がこの町の最盛期だった。
 だがそれも長くは続かなかった。炭鉱が閉山になってから一気に寂れていったのだ。
 それでもこの町が無くなりはしなかった。町は石炭産業に完全に依存してはいなかった。石炭の加工工場以外にもまだ他の工場があったおかげで、仕事は十分にあったのだ。しかし町の発展は止まってしまった。じりじりと少しずつ寂れていきながらも未だに昔の姿を残している。ここはそんな町だ。

「取り敢えずこれで良いか」
簡素だがこれ以上は不要な情報だ。町の名も必要ない。本来なら雰囲気作りや説得力を持たせる為に記述するべき事だろうが今は書かない方が賢明だろう。
 私は先ほど原稿を読んだ感想を想った。これはお世辞にも上手いとは言えない代物だ。客観的に見ればどの程度なのか。読者に内容が伝わっているのだろうか。
 どんな物にも限りはある。この手記にも必ず終わりが来るのは確かな事だ。有限の資源を消費して言葉を作り出し、それを連ねて文章にしていく。しかし限りがある以上、資源が尽きる前に完成させなくてはいけないのだ。その制限の中で必要となるのは取捨選択の能力だろう。これが無ければこの原稿はいつまで経っても完成せず、意味のない物になってしまう。私の伝えたい事は全て崩れ去っていくしかない。
 
 私は公園の中を見渡した。不快で単調なノイス音が聞こえたからだ。その音は公園の真ん中に置いてあるブラウン管のテレビから流れ出していた。テレビには一切のコード類は付いていない。それが稼働してノイズ音を出している。どうやら終わりの時が近づいたようだ。もう資源は尽きようとしているのか。
 私は五年前の事件について詳しく書くという選択肢を選んだ。

 この事件が何処で起きたのか語る必要は無い。アパートの名前もだ。
 問題は、なぜ私が隠された事情を知っているのかという事だからだ。
 私は後藤惣一にとって雄一の友人だった。彼は天涯孤独で誰とも付き合いがなかったがなぜか私には打ち解けてくれたのだ。彼との出会いは、大学の講義に出た時、座った席が偶然彼の隣だったというだけの事だった。些細なきっかけではあるが、それが彼と親好を深める第一歩となった。彼は人付き合いが下手なのではなく、自分から周りを拒絶しているところがあった。なぜ私にだけ受け入れたのかは解らない。だが、私達は日々、書物を漁り、それらについて語り合い、時には議論を戦わせていた。
 そんな日常の中で重要な話が出てきたのだ。いつもは私の住むアパートの一室で語り合っていたが、その会話の途中で彼の部屋についての話題になった。私の部屋に屯するのは彼が自分の住んでいる部屋を教えてくれないからだ。しかしこの時は彼が自分の部屋へ私を連れて行けない理由を話した。
 実は今住んでいる部屋は部屋の入居者から安い家賃で又貸しされているそうだ。入居者が出した条件は、又貸しがばれないように部屋にいる時は常に入居者の名前を名乗る事、そしてこの事は誰にも喋らない事だった。
 彼はそれ以上何も言わなかったが、アパートの場所だけは教えてくれた。

 それからしばらくして物騒な事件が起こった。夜、道を歩いていた人に薬品を掛ける通り魔が出没したのだ。掛けられた薬品は硫酸だった。被害者は女性、男性といった区別が無く、これといった共通点もないため、無差別に犯行を犯していると見られていた。
 私達はこの事件に関して話し合ったが、これといった結論は出なかった。この時はまだ事件が自分たちの身に降りかかるとは想ってもいなかった。

 決定的な事件が起こったのはこの後だ。あの日、私は惣一に会わなかった。それまで私達はほとんど毎日顔を合わせていた。連絡が付かないとは今まで無かった事だ。
 私は以前彼から聞き出したアパートのある場所を訪ねてみた。そこであった事は既に解っているだろう。私がアパートに着いた時には警察はほとんど引き上げていたのか、ブルーシートに覆われた一階の部屋の前に何人かいただけだった。この時点では私は何も知ってはいなかった。まばらにいた野次馬らしい人達の会話から誰かが殺されたらしいと推測は出来たがそれ以上は解らない。惣一は何をしているのか。一番事情に詳しいはずの警官に聞いてみるか。いや、それは駄目だ。確か彼は本当の入居者から安く部屋を借りていると言っていた。彼は『後藤惣一』の名前ではなく『本当の入居者』の名前を名乗っていたはずだ。『本当の入居者』の名前を私は知らない。不信に思われるのを覚悟して部屋の前にいた警官に尋ねてみた。自分の友人がこのアパートに住んでいるが何があったのか。警官は怪しんだのか私の名を聞いてきた。隠す必要は無い。私は正直に答えた。警官からはたいしたことは聞き出せなかった。最後に『後藤惣一』という名の住人はいるのか聞いてみた。警官はそういった名前の住人はいないと言った。

 何が起こったのかその日の夕方には知る事が出来た。テレビのニュース番組で事件の概要は流されていった。殺されたのは『戸田宗司』という私と同じ年齢の大学生だった。その名前に覚えはない。『惣一』と『宗司』という名が似ているところが気になるが、それに意味があるのか分からない。
 次の日のワイドショーでは更に詳しい状況が報じられた。それによると事件が発覚したのは昨日の朝七時頃、アパートの管理人が一階の部屋のドアが開きっぱなしになっているのを不審に思い、部屋の中を覗いてみたという。死体は玄関を入った所に放置されており、すぐに見つかったそうだ。わざわざ死体をその場所まで移動させた痕跡があったらしい。なぜそんな事をしたのか判明していない。
 だがそれだけではない。最も事件の異常性を示すのは死体の頭部が切り落とされていた事だ。そして頭部はまだ見つかっていない。

 その次の日になると様子が変わってきた。警察から新しい発表があったのだ。
 被害者の部屋の中から硫酸の瓶が見つかったらしい。その硫酸は以前起こった通り魔が使っていた物と同一の物だと判明した。そして発表してなかった事実――通り魔が残していた硫酸の瓶に付いていた指紋と被害者の指紋が一致したという事実が述べられた。
 被害者とされる『戸田宗司』は通り魔の最重要容疑者となった。だがそれが殺人事件に関係あるのか分からない。警察はどちらの可能性も視野に入れて捜査に当たると宣言した。
 そして被害者の身元も確認された。部屋にあった指紋は間違いなく被害者のものだが、頭部がないため本当に被害者は『戸田宗司』なのか疑問があった。それが家族によって間違いなく本人だと確認されたのだ。
 テレビでも新聞でも連日この事件を追いかけていたが、しばらくすると静かになっていった。事件の進展が無かったからだ。それに世を騒がせる事件は次々と起こっている。世間の関心もそちらに移っていった。そしてこの事件に関しての報道は無くなっていった。
 それから私は後藤惣一とは会っていない。

 私は何度も迷いながらここまで書いていった。何を書いて何を書かないか。必要な事なのか不必要な事なのか。取捨選択の苦痛を感じていた。
 ここまで書いた事も表面をなぞった物でしかない。一番肝腎な事。五年前に殺されたのは私の友人、『後藤惣一』であるという事だ。殺したのは戸田宗司と戸田宗一の二人。
 なぜ私がそれを知っているのか説明しなくてはならない。そして誰かに伝えなければいけない。
 まだ事件は終わっていない。五年前の事件も始まりにでしかない。まだこれから続いていくのだ。

 戸田宗司はこの町にいる。これは確認している。
 宗司と宗一は双子の兄弟だ。顔も体格も実によく似ている。この二人を見分けられる者はまずいないだろう。もし、宗司が宗一と名乗って人前に出たとして、別人だと気づくだろうか。私はいないと断言できる。なぜなら実際に彼等はそれをやっているからだ。
 彼等は二人一役という芸当を現実にやっているのだ。そして誰も気づいていない。お互いの居場所に気をつければばれる事はないだろう。
 私は宗司がこの町にいると確認したと書いた。そう断言できるのは、今まで彼等を監視していた結果によるものだ。私は二人が話し合っている所を見た。宗司は確かに生きていた。青いストライプのシャツにスラックスを履いていた方が宗司だ。黒いTシャツにジーンズを履いた方が宗一だ。

 私は高ぶった感情を抑える為に深呼吸をして、また公園を見渡した。
 ここは安らぎを与えてくれる唯一の場所だ。しかしここも浸食されている。
 公園の真ん中にあるテレビがノイズ音を響かせている。時々人の声らしき音が混ざってきた。もうすぐ始まる。『終わり』が始まるのだ。
 資源は底を尽き始めた。無駄遣いのツケは回収されるだろう。その時までに誰かに伝える事が出来るのだろうか。
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