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青い空の下で

三章

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 君は手記をより終えると、しばらく考え込んだ。この手記はいったい何なのか、その意図が分からなかった。
 この手記を書いた人物は公園にいるようだ。そこで手記を書いている様に読める。
 その人物は青い毒や五年前の事件について書いている。事件の事は始めの手記より詳しく書かれており、自分はある意味関係者であると告白している。そして戸田宗司がまだ生きており、この町に住んでいると断言しているのだ。その根拠として宗司と宗一のふたりが話し合っている所を目撃したと書いている。
 確かにこれは重要な情報だ。必ず手記を書いた人物に会う必要がある。集会場の近くにある公園にいると書いてあったが、君が公園に行った時には誰もいなかった。
 君はこの手記を水野から受け取った時のことを思い出した。彼はこれを運命と言ったが、それが何を意味しているのか判断できない。それが胸に引っかかって不快な焦燥感を引き起こしている。

 手記を封筒に戻そうとした時、中にもう一枚原稿用紙があるのに気がついた。君はそれを取りだし目を通した。

                       *

 私の公園は集会所のすぐ近くにある。私には中の様子を窺うのは容易い事だった。あの夜もそうだった。集会場の中で戸田兄弟が議論していたのだ。二人の見分けが付かないほど似ていたが、会話の内容から青いストライプのシャツを着て紺のスラックスを履いた人物が戸田宗司、くろいTシャツを着てジーンズを履いた人物が戸田宗一だと解った。
 二人が話し合っている中に五年前の事件の話題が出てきた。その内容は私が想像していたものとほとんど同じだった。彼等が後藤惣一を殺したのだ
 戸田宗司は惣一に部屋を貸していた。そして惣一に、戸田宗司と名乗るよう仕向けたのだ。部屋に指紋を残し、他の住人が彼を宗司だと思い込ませるためだ。
 この計画の目的は宗司の存在をこの世界から消し去る事だ。失踪や自殺したと思わせるといった方法では充分ではない。生きている可能性が残ってしまうからだ。死体は必ず見つからなくてはいけない。そして、その死体は宗司だと認めさせなくてはおけない。
 確実に死んだと世間に見せつける必要があったのだ。

 私はそれを聞いていた。私がこの町の公園にいるのも、彼等がこの町の高台に住むのもすべて偶然だ。それ以上でも以下でもない。世界を動かす意志など信じていない。
 しかし、その信念も崩れようとしている。現実は次第に蝕まれているのだ。

 私は上を見上げた。毒々しいまでに青い空が覆い被さっていた。強い日差しが降り注ぎ、地上を苛んでいく。既に腐敗は始まっているのだ。

                       *

 原稿に書いてあるのはさっき読んだ手記の補足だ。なぜこの原稿だけ別になっていたのか解らない。最初から別に入れていたのか、偶然この部分だけがグリップから外れたのか判断出来るだろうか? 君は原稿用紙の左上を見つめた。グリップに挟まれた跡が残っていないか確かめるためだ。だがそれらしい跡はない。次に原稿用紙を触ってみた。しかし不自然な感触もない。これは最初から別に入れられていたと見て良いのか。君はその判断を下すのを諦めた。可能性を追求しても答えは得られない。いくらでも、どんな可能性でも作り出す事が出来る。それは無限の選択肢を選ぶのに等しいのだ。
 それでもこの原稿は重要である事に変わりはない。君は確認するように原稿を読み返した。『彼等は高台の上の家に住んでいる』。この一文が意味する所は何か。そうだ、戸田宗司は君のすぐ近くにある大きな家に住んでいるという事だ。

 君は今すぐ行動に出るべきだと決意した。それが危険な行為だとしてもだ。
 今君のいる場所は戸田家より少し離れた、三軒目と四件目の間にある路地だ。路地から顔を出すと右手に戸田家の玄関が見える。玄関までの距離は短いが、そこから入っていける可能性は少ないだろう。君は路地の奥へ入っていった。常に目的地を意識しながら迷路のような路地を進んでいくと、戸田家の裏と思われる道に出る事が出来た。そこに立っている木の塀には裏口らしい扉があった。音を立てないようにそっと扉を開けてみる。扉には鍵が掛かっておらず、ほとんど音がしなかった。
 扉から中を覗くと、古い年代を感じさせる木の家の壁が見えた。塀と家の壁との間は四十センチもない、やっと人一人が通れる程の隙間しかない。君は中に入ると、ゆっくりと音を立てないように歩いた。家には人が通れる大きさのアルミサッシの窓があった。雨戸は閉めていなかったが、ガラス越しに中から板で塞いであるのが見えた。その先にあるちいさな窓も中から塞いであるのが見える。家の端まで行き、直角に曲がった通路に沿って
角をを曲がるとドアがあった。おそらく勝手口だ。ドアの前に行き、中の様子を調べるために耳を近づける。何も音がしない。君はドアのノブを軽く握る。少しずつノブを回していく。抵抗もなくノブは回る。そして慎重にドアを開けていく。
 中は薄暗く埃っぽい。ここは台所だ。食器棚、ガスコンロ、電子レンジ、冷蔵庫。そういった物が並んでいる。シンクには何もない。家事は行き届いているのか、それともここで何も料理を作ってないのか。君は壁に掛けてあったフライパンを手に取った。多分、この家の中に戸田兄弟がいる。今は証拠がどうこう言っている場合ではないだろう。あの手記を信じるなら彼等は殺人犯だ。君に何らかの危害を加えるかも知れない。用心をするのに超した事はない。

 君は苦々しい感情を味わった。今の君が本当に恐れているのは戸田兄弟ではない。
 あの『集団』に属する人達だ。全員で何人いるのか分からないが、もし彼等が君を敵として認識した時どうなるのか。間違いなく為す術もないだろう。ならばトップを押さえてしまえば、君に手出しを出来なくする方向に持って行けるのではないだろうか。二対一だが相手の意表を突ければ……
 君は慎重に歩を進めた。彼等はどこにいるのか分からない。不意打ちを食らわせられるのは君自身かも知れない。ここは彼等の家だ。どこに何があるかよく知っているだろう。 君はこの家の外観を思い出した。増改築を繰り返した歪な家だった。錯覚かもしれないが、上に行くほど大きくなっている様に思えた。その中も迷路を思い出させるような構造になっている。それでも辺りを警戒しながら探索していった。
 どの部屋にも家具のような物はほとんど無く殺風景だった。 どの窓も内側から板で塞がれており、昼間なのに薄暗かった。見えない事もなかったがあちこちに潜む影に気をとられていった。張り詰めていた緊張が切れかけた時、君は階段を見つけた。上に上がろうとして階段を見上げた。どこからか明かりが漏れだして踊り場を照らしていた。

 青いストライプのシャツに紺のスラックス。顔は写真で確認していたがカメラ写りが悪いのか印象は違う。だが、本人だと確信できる。あの老人は君に似ていると言ったが、実際に会ってみると確かにそうだ。あの手記を信じるならば彼は戸田宗司だ。
 彼は下へ降りようとしていたのか踊り場から下を見下ろしていた。君には永劫の時間が経っているように感じた。だが、彼と見つめ合っていたのはほんの少しの間だった。彼は身を翻し、上へと上っていった。君は少し遅れて階段を上った。君は彼の姿を見失う事はなかった。彼は幾つかある部屋の一つに逃げ込んだ。そして何か倒れる音がした。君はその部屋のドアに飛びつき、ドアを開けようとノブを回し引っ張った。だが、ドアはびくともしない。鍵が掛かっているのか。君はドアを激しく揺すった。するとドアが少し動いた。内側へとだ。君はドアを力一杯に押した。何かドアを押さえていたが、体が入る程ドアが開くと隙間に身を滑らせ中に入った。ドアを押さえていたのはちいさな本棚だった。
 彼が部屋に入った後、何か倒れる音がしたのはこれが原因だったのか。
 君は部屋の中を見た。六畳程の広さがある畳が敷かれたこの部屋には、本棚以外の家具はない。いや、古いブラウン管のテレビが壁際にある。音は聞こえないが何かの番組を流している。当然のように窓が板で封じられたこの部屋では唯一の光源だ。音は聞こえないが色とりどりの光りを放っている。
 どこからか異様な臭いがした。何とも言えない臭いだ。君はハンカチを出して口と鼻を覆った。 君は押し入れなどもないのを確認した。そして部屋の真ん中に目を向けた。
 青いストライプのシャツに紺のスラックス。おまけにシャツに付いたどす黒い斑点。胸から生えたナイフ。顔の左半分は焼け爛れた様だ。だが、右半分は残っている。そして、茶色いブリーフケースが落ちていた。

 戸田宗司だ。さっきこの部屋に逃げ込んだ宗司だ。そして今は死んでいる。
 この部屋には君の他に誰もいない。ならばこれは自殺なのか。いや違う。シャツには幾つも破れた所がある。そして、そこに血の斑点が付いている。傷口から見ても、力一杯、何度もナイフで刺したのだ。胸に残されたナイフも根本まで刺さっている。
 事故ではないだろう。どうすればこんな事になるのか思いつかない。そうすると、残るのは殺人か。
 君は死体に近づいた。足に伝わる畳の感触は妙に柔らかく、まるで夢の中のような不安定な感覚が纏わり付いてくる。
 どこかで蠅の飛んでいる音がする。
 もう一度部屋を見渡した。部屋に隠れる場所はない。家具も押し入れもない。
 いったい誰が殺したのか。そして犯人はどこへ行ったのか。君は答えられなかった。
 君はドアに向かい、開いた隙間を抜けて外へ出た。

 警察に連絡しなくては。君はそう考えた。この家に無断で侵入したのは罪に問われるだろう。しかし、今はそんな事をいっている場合じゃない。
 君は携帯を取り出してみたが圏外になっている。ここの電話を使えばいいか。この家のすべてを探した訳ではない。もしかしたらどこかにあるかも知れない。しかし、さっきまで家の中を調べていた時どれだけ時間が掛かったか、それを考えれば外に出て他の家に助けを求める方が良いのではないか。君は外に出て辺りを見回した。人の姿は見えない。
 君は近くの家の前に行き、チャイムを鳴らした。だが、何の返事もない。もう一度鳴らしたが返事はなかった。隣の家に行って呼びかけたが何も返事がない。その隣の家でも結果は同じだった。君は引き戸に手を掛けて開けてみた。鍵は掛かっておらず、何の抵抗もなく開いた。家の中を覗いても人の気配はない。一応呼びかけてみたが返事はない。
 玄関のすぐ近くに電話がある。古風な黒電話だ。君は家の中に入り、電話を手にした。ダイヤルを回すが電話は繋がらない。受話器に耳を当ててもまったくの無音だ。
 君は周りに見た。家の中はかなり荒れていた。埃は積もり、襖は破れたままになっている。窓ガラスは割れており、畳は取り払われて床板が見えている所もある。どう見ても人が住んでいるように見えない。

 君は死体のある二階の部屋へ行った。死体は確かにそこにあった。もしかしたら何かの間違いではないかと思っていたが、その可能性は消えて無くなった。
 君は少しの間躊躇していた。このまま人を探して他の家を回るか、戸田家に戻るか、どちらかを決める必要がある。戸田の家には集会場にライブ放送出来る設備があるはずだ。君は水野のいった事を思い返していた。だが、あの家は既に探している。あそこには電話も放送する機材もどこにもなかった。あるとすれば――そうだ、三階だ。あの家は三階建てだった。そこはまだ探していない。なぜなら三階に上がる階段が無かったからだ。あの家には階段が二つあった。しかし、どちらも二階までしか上がれなかった。どこかに三階まで上がれる階段があるはずだ。

 そこまで考えた時、君は自分がどれほど動揺しているのか、気がついた。
 集会場だ。あそこに行けば人はいるはずだ。
 君は少しの間迷った。この死体のある家を探索するか、あの集団のいる場所へ戻るのか。どちらも危険である事には違いない。家捜しの途中で誰かがやって来たら申し開きは出来ないだろう。第一級の容疑者となるのは目に見えている。集会場に戻るのも問題がある行為だ。死体の存在を伝えれば、無断であの家に侵入した事を認める事になる。その時彼等はどんな行動に出るか考えるまでもない。
 このまま黙って立ち去るか。君の心にその考えが浮かぶ。それが一番無難な対応ではないか。

 君は集会場に戻る事にした。取り敢えずこの場から離れた方が良い。彼等に死体の事をいわないとしても、戻るのは悪い考えではないように思えたからだ。集会はもう終わっているかも知れない。だとしたら集会場に入れるかも知れない。あの家で電話を探すより、集会場の方が探しやすいだろう。

 君は道を戻っていった。既に何度か通った道だ。今度は迷う事はない。君は迷路のような細い路地を駆け抜けていった。何度も角を曲がり、的確に集会場への道を辿っていった。今度はそれ程時間が掛からなかった。集会場に近づくと、君は少しずつ速度を落としていった。そして最後には警戒しながらゆっくりと歩いた。中に誰かいるのだろうか。むやみに近づくのは危険だ。君は公園に入り、隠れて集会場を見張る事にした。
 公園のベンチに誰かが横たわっていた。君は手記を書いた人物を思い浮かべた。あの奇妙な手記には何時も公園にいると書かれていた。ベンチにいるにはその人物だろうか。
 君はベンチに近づいた。

 青いストライプのシャツに紺のスラックス。おまけにシャツに付いたどす黒い斑点。胸から生えたナイフ。顔の左半分は焼け爛れた様だ。だが、右半分は残っている。そして、茶色いブリーフケースが落ちていた。

 君はしばらく死体を見つめていた。これはいったいどういう事か。なぜ、宗司の死体がここにあるのだ。
 君は戸田家のある高台の方を見た。直線距離ならそんなに遠くは無いかも知れない。しかし、路地は迷路のように入り組んでおり、実際の移動には時間が掛かる。君が最後に死体を見た時からこの公園に来るまでの間に死体をどうやって運んだのか。死体を抱えての移動は君よりも時間が掛かるはずだ。
 君は死体に近づいた。異臭が叩き付けるように襲いかかってきた。再びハンカチで口と鼻を覆った。さっきはテレビの色づいた明かりしか無かったが、今度ははっきりと分かる。顔の左半分は焼け爛れていた。右の半分は青藍色に変色していた。そして目は白く混濁していた。蠅が何十匹か死体に群がっているのが分かる。どう見てもさっき殺されたように見えない。なぜこんなに早く腐り始めているのか。

 君は戸田家で宗司を発見した。彼は逃げだし、部屋へと入っていった。そして君がその部屋に入ると、既に宗司が殺されていた。犯人の姿はどこにも無かった。隠れる場所もなく、窓は内側から板で塞がれていた。これが密室殺人というものか。
「いや、違う」君は否定した。宗司はなぜあの部屋へ逃げ込んだのか。鍵もなく、隠れる場所のない部屋に自ら入っていくのは不自然だ。あの部屋には何か秘密がある。普通に探しただけでは分からない隠し場所や抜け道があったのかも知れない。
 だが、この公園になぜ死体があるのか、それも分からない。死体が戸田の家から運び込まれたのなら、どうやって君より早く公園まで来られたのだろうか。

 君は死体が着ているシャツの左手の裾をめくってみた。服に隠れている場所も焼け爛れているようだ。襟から服の中を覗いてみた。そこも焼け爛れている。
 君は五年前の事件を思い出していた。確か硫酸を掛ける通り魔が出てきた。死体に付いている火傷のような跡は硫酸に因るものではないか。それに火傷は服の中まで及んでいるのに、服自体には何の跡もない。これはもしかしたら硫酸を掛けられた後に服を着替えたという事か。手記にはこの死体と同じ、青いストライプにスラックスを履いている方が宗司だと書いていた。だが、死体は着ている服を取り替えられている。もしかするとこの死体は宗一かも知れないのか。

 蠅の飛び交う音が聞こえている。君の目は、君の意思に反して不自然なほど早く腐敗している死体へと引きつけられる。君は気づいた。落ちている茶色のブリーフケースは君の物とよく似ている。そしてその下に大きな封筒が挟まっていた。君はブリーフケースの下から封筒を取り出した。その封筒は水野から受け取った物と色も大きさも同じだった。
「もしかしたらこれは手記なのか」
 君はその封筒を開けようとした。だがその時、多くの人の気配を感じた。
 君は後ろを向いた。数人ほど話し合いながら歩いていた。そして人の数は次第に増えていった。集会が終わったのか、家の中から出てきているのだ。
「人が死んでいるんだ。すぐに警察に連絡してくれ!」
 君はできる限り大きな声で叫んだ。これで何とかなる。少しだけ君は安心した。
 しかし、様子がおかしい。誰も君の方を見ようとしない。
「おい、聞いてくれ!ここで人が死んでいるんだ!」
 君は繰り返し叫んだ。それでも誰も君を見ようともしない。聞こえないはずは無いのに誰も何の反応を示さない。君は気づいた。誰もこちらを見ていない。まるでここには何も無いかのように、目を向ける者はいないのだ。
 そのうち、出てくる人は少なくなり、道を行く者も、まばらになった。しばらくすると誰もいなくなった。君は途方にくれていた。これからどうすればいいのか。取り敢えず公園から出て集会場に行こう。まだ誰かいるかもしれない。そうでなくても、電話があるだろう。

 君はぎこちなく歩き出した。するとその時、一人の男が集会場から姿を現した。黒いTシャツにジーンズの男だった。親しげに微笑むその顔は宗司にそっくりだった。
 彼は公園前に接している道の真ん中で立ち止まった。
「やあ。ここは始めましてというべきかな?」
 彼は気さくに言った。
「あんたはもしかして……」
 君はそれだけ言った。もう気力は尽き始めていた。
 彼はそんな君を見て、また微笑んだ。それは優しく、心を癒すような笑みだった。
「そう、僕が戸田宗一だよ。」
 彼はそう言って君の後ろの方を見た。
 君はその視線を追った。
 視線の先はベンチの上の死体に向けられていた。
 君は振り返り、宗一だと名乗った男を見た。
 彼は優しく微笑んでいた。
「あそこで死んでいるのは、あなたの兄弟なんじゃないですか」
 君は咎めるような口調で言った。
「君には解らないだろうけど、これはそんなに深刻に考える事じゃないんだよ。それどころか僕達が目指している境地への大いなる一歩なんだから」
 彼はほほえみを崩さず言った。その声は自信に満ちていて、確かな確信を抱いているように想えた。彼は飄々として、何を考えたいるか解らない所がある。しかし、その言葉には何処か人を引きつけるものが有り、それに抗得る人はほとんどいないと思えた。
「あなたはこの殺人事件について、何か知っているという訳ですか」
 君は強気に出た。すでに目の前の男には、何を言っても無駄だと悟っていた。それでも何か反撃の糸口がないか探っているのだ。
「もちろん知ってるいるよ。その作業を行ったのは僕だからね。当然誰よりも知っている」
 彼は躊躇無く言った。
「さっきも言った通り、そんな事は問題じゃない。僕達は成功したんだ。これで次の段階に進める。僕達の悲願はもうすぐ叶うんだよ。」
 君は水野を思いだした。集会場に連れ込まれた時、手記を手渡した男だ。彼は世界を救う方法として錬金術を挙げていた。その時の姿が今の宗一とダブって見えた。彼は自分に酔っているのだ。
 君はその他にも大小構わずカルト宗教の団体がやってきた事を思いだした。除霊と称して暴行を加えていた団体があった。信じるものの元へ行くために集団自殺をした団体があった。周りを敵と認識し、無差別に攻撃を行った団体があった。そんな例ならいくらでもある。
 君はそんな団体の目の前にいる事に、今さらながら怖気がしてきた。
 彼等はこれから何をするのか。そして君はどうなるのか。絶望の種が自分の周りにばら撒かれているのを実感した。君は足下が崩れていく感覚に震えた。

 現時逃避なのか、君は関係ない事が気になり出してきた。死体の服が取り替えられていた事だ。一度気になり出すとそれはどんどん大きくなっていった。そして、それは限界まで膨れ上がった。

 君はベンチの死体に向かっていった。死体の着ているシャツのボタンを外し、脱がしていった。死体は変色しているが火傷のような跡は何とか分かる。背中には跡はほとんど無かった。跡は顔の左半分と首から胸にかけて。それに左手の手のひらと左腕の内側。それが主なところだ。おそらく硫酸を掛けられた時、とっさに腕を上げ、手のひらを向けて身を庇おうとしたのではないか。
 次に胸の刺し傷を調べた。と言ってもたいした事はできない。分かったのは刺し傷は五つ、シャツに開いた穴が五つ、その位置にズレはないという位の事だ。
 次にに君は死体の頭を見つめた。よく見ると、後頭部に何かこびり付いているように見えた。君はハンカチを取り出し、その部分を撫でてみた。すると何か乾燥した黒っぽいものがハンカチに付いた。これは何だろう。もしかすると乾燥した血だろうか。
 宗一はまだ道に立っていた。そして、そこから君の一連の行動を見守っていた。
 最後に宗一に問いかけた。
「どうして道の真ん中に立っているんだ?」
「僕はここでいいよ」
「公園の中に入ったっていいじゃないか」
「別に入らなくてもいいだろ?」
「もしかして公園にはいれないのか?」
「何で知っているんだ?」
「誰も公園の方を見ようともしなかったからだよ」
「そうだよ。僕達はそこに入れない」
「なぜだ?」
「始まりの地だからさ」
「始まりの地?」
「そうだよ。そこに帰るために僕達は大いなる作業を完遂させるんだ」
「帰る?」
「そう、帰るんだ。エデンの園にね」
 
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